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2013年11月08日

白沙村荘紅葉通信2013 Vol.7

皆様こんにちは、一日飛んで11月8日の白沙村荘紅葉情報をお届け致します。

昨日も今日も朝から月心寺で色々と用事があり慌ただしく走っている内に昨日は終了してしまいました。
しかし今日は何とか更新できそうです。明るい内に。



気温は見る間に下がって来ているのですが中々赤さは増しません。
そんな今日の様子は・・こんな感じ。



庭園東側、存古楼(ゾンコロウ)前のカエデは少しだけ先が染まり始めています。
改修の終わった屋根と檜皮の真新しさが、今年は紅葉を一際輝かせることでしょう。




庭園東側の橋の付近。右の赤いのはノムラモミジ。
いつも赤いので騙されてはいけません。




庭園南部分、茶室の界隈。日当たりの良い部分から染まり始めているのがよく解ります。
奥の建物は如舫亭(ニョホウテイ)。




そして先日もアップしていた月心寺(走井)の現在の様子。
まだ紅葉はしていません・・。日当たりが悪いので先になりそうです。



今日はスイスからTVクルーが月心寺の精進料理についての取材に来ていました。
月心寺の料理方、中村茂雄が撮影指導と調理実演をしながら次々と素材と料理の説明を行います。



美山荘で草喰なかひがしで知られる中東久雄さんに一から仕込まれ、紫野和久傳で料理長として積み上げた料理の腕前をこの月心寺で存分に振るっています。
若いのに大した腕前ですね・・ 昔もPHP研究所の「京都の人気料理人が教える簡単!ご馳走レシピ」という本に若いのに紹介されていましたし。


ちなみに月心寺では大津絵を研究または描かれる方、和歌・俳句をされる方にお使い頂きたいと言う事で募集をしています。
興味のある方はgesshinji@gmail.comまでお問い合わせ下さい。
  


2013年11月06日

白沙村荘紅葉通信2013 Vol.6

皆様こんばんは。11月6日の白沙村荘紅葉通信は、夜半の更新となりました。
まずは今日の状況を御覧頂きましょう。



主家2階から見た様子。4日の報告写真よりもやや赤みが増しました。
間違い探しレベルですけどね。



同じく主家の2階から。如意ヶ岳(左大文字山)を背景に燃え立つ赤が映えるわけです。



これだけでは寂しいので、月心寺の去年の同時期の紅葉写真も。



今日と明日は月心寺に所用がありまして、中々白沙村荘内で写真を撮影する時間が撮れなかったのでということで特別に。
瑞米山月心寺についてはこちらのサイトをご参照ください。



また、現在白沙村荘で個展を開催中の勇木史記さんのサイトもようやく見つけたのでリンクしておきます。
勇木史記公式サイト 隠岐窯



共々よろしくお願い申し上げます。  


2013年11月05日

白沙村荘紅葉通信2013 Vol.5

連休明けの火曜日、11月5日の白沙村荘紅葉情報をお届け致します。

昨日、一昨日とは打って変わって良いお天気。
暑くも寒くもなく、清々しい風そよぐ好日となっています。


人の出もやはり今日は少ない感じで、ぼんやりと息抜きをするのにはうってつけです。
朝から走り回っていますけど。ぼんやりしたい。


さて、今日の様子はと言いますと・・ こんな感じ。



芙蓉池(フヨウチ)を北から見たところ。朝イチで撮影したので光が強くて影になっていますね。
分かりにくいかもしれないので・・↓



同じポイントを西側から見てみましょう。
そこそこ色づき始めていますね。




こちらは庭園の艮近辺のカエデ。
やや先端が赤いのは染め始めか、それとも枯れ始めなのか。




こちらはサラツバキの葉。黄色以上には中々なりませんが綺麗なものです。




ナンテンも綺麗に染まり始めています。



今日の暖かさと夜半の冷え込みによりどう変わるのか。
どうぞお楽しみに。

  


2013年11月04日

白沙村荘紅葉通信2013 Vol.4

皆様こんにちは、そろそろストーブが恋しい感じの11月4日の白沙村荘紅葉通信です。

昨日まではうっすらと橙色がかっていた表の関雪桜の並木も、今日はすっかりと紅葉し始めていました。
桜の紅葉は綺麗ですよねぇ。なんというか葉の形をした炎のようで。グラデーションを楽しむ紅葉ですよね。


さて、そんな今日の様子を映した写真はこちら。



白沙村荘正面の関雪桜。明日にはもっともっと紅く染まることでしょう。
白いクロスに散らせると綺麗なんですよね。



主家2階から見た庭園の様子。上から見ると少しづつ紅葉が始まっているのがわかります。
ちなみに主家は非公開部分となります。



毎年一番早く紅葉する八幡宮のカエデ。
まだ部分的な紅葉しかしていませんね。もっと寒さが必要です。



懶雲洞で開催中の「ー隠岐ー勇木史記初陶展」も2日目の賑わいを見せています。
会期の終わる頃にはどのくらい染まっているのでしょうね。

  


2013年11月03日

白沙村荘紅葉通信2013 Vol.3

皆様こんにちは11月3日、文化の日の白沙村荘紅葉通信2013です。
連休の中日はいかがお過ごしでしょうか。


今日は朝方から妙にあたたかい・・(サンドウォーム)と思ったら、やはり予報通り雨が降りました。
この時期の雨が紅葉の色を左右すると言っても過言ではないくらい重要なものですから、実に絶妙なタイミングそして気温での降雨となりました。

多分明日も雨ですが、おかげ様で一層綺麗に色づきが進むことでしょう。
さて、今日の雨の前の様子。




昨日のノムラモミジを逆側から。説明希望の来館者の方にはいつも言うのですが、この白沙村荘の景色は池に映すが正解。
逆に池より上の景色は写真撮るにしてもポイントが分散しているのですよね。
ある1点で見れば全部池に映ってるのに。



上の写真の位置から今度は左向きに。
向こうに見える黄色はサラツバキの葉です。カエデはまだまだ真っ青のまま。




一部染まり始めの葉がありました。
アントシアンがワイワイと作られているのが良く解りますね。
さぁ、雨の気化熱と夜半の冷え込みで更に良い色になって下さい。



そして今日の番外編。
11月3日、本日から開催されております「ー隠岐ー勇木史記初陶展」の様子を少し。
朝から結構な人が来場されていました。

私も目当ての物が無くならない内に先約しましたが、大体人気の出るものは決まっているのですよね。
隠岐の土で焼かれた陶器は中々に珍しいと見えて、茶人さんも何人かお見かけしました。




隠岐茶碗。銘はまだ無いみたいです。
田部美術館で受賞されたものもいくつか置いてありましたね。
さすがに茶に合いそうな色合いと形です。金額も手頃・・ もう一個買ってしまおうかな。




全体の様子。今日は曇りがちで残念ですが太陽光が存分に入るよう大きな窓がついています。
土の細かな部分の色合いなどが窓際だと良く見えることでしょう。
全体的には茶碗、花器などが大多数ですが料理に使えそうな物もありました。



玄関先の迎え花。柿とススキそしてアケビの蔓ですね。
季節のあらわれた良い生けものです。花器も深い色合いでよく合ってます。


この展覧会は11月9日まで。時間は10時から18時までの開催となります。
通常非公開の画室が会場となりますので、建築に興味のある方もどうぞいらして下さい。

  


2013年11月02日

白沙村荘紅葉通信2013 Vol.2

皆様こんにちは、12月2日の紅葉状況をお知らせ致します。
今日から一応連休のようで、それなりに銀閣寺参道沿いに人出が見られます。

沢山の人が歩いていますが、白沙村荘へ入る人はその中のほんの一握り。
無論たくさん入って来て頂いて、庭園を楽しんで貰いたい気持ちも無いことはないのですがそれ以上に庭が荒れるのを心配してしまいます。
11月っていうのは普段外出をしない人も京都へ来て、非日常の空間を楽しみたいと思うらしく「庭いいねぇ」といいつつ苔をバキバキ踏んだりします。


最近になってようやくマナーのある人が来てくださるので、やや怒りは和らぎましたがそれでもやっぱり心配です。
さて、今日の紅葉の状況はというと・・。



茶室近辺、ドウダンツツジとカエデ。ほんのり色づいてきています。
ちなみにこの辺りも撮影の好スポットらしく、写真に写っている灯籠に肘を掛けて撮っている方もよく見かけます。
次見かけたら背中押しても良いですか?




持仏堂界隈。まだまだ青葉です。



持仏堂界隈を違うアングルで。
ちなみに上の方の枝はやや色付きが開始しています。
下からは全く分かりませんけどね。




青いのばかりでは気分が盛り上がらないと思うので、年中赤いものながら・・ノムラモミジです。
背景に改修の一段落した存古楼が映えます。
今年はこの界隈で人が多くたむろする気がしますね・・くれぐれも池に落ちないで下さい。



ではまた明日。明日からは「−隠岐− 勇木史記初陶展」が白沙村荘内 懶雲洞で開催されます。

  


2013年11月01日

白沙村荘紅葉通信2013 Vol.1

先に宣言の通り、本日から白沙村荘の紅葉状況を皆様にお知らせ致します「白沙村荘 紅葉通信2013」を開始致します。

ここ数日は雨も少なく、日中暖かで夜半は冷え込む・・というナイスな天候となっています。
もしかしたら良い感じの色付きが期待できるかもしれませんね。
ではまず庭園東側の現状から。毎年必ず東側から色付きますから、ここを指針にすれば良いわけです。





主家(オモヤ)から見た芙蓉池(フヨウチ)周辺のカエデ。




庭園東入口、矯々門(キョウキョウモン)上のカエデ。


池に近い方のカエデはやや黄色がかっていますね。あと10日くらいといった所でしょうか。
門の上のカエデは、更に上にカエデがあるのでまだ青葉のままです。



今日の状況を見ますと、メイン部分の紅葉は20日辺り。西側紅葉はほぼ12月くらいかと思います。
最悪なパターンはこのままの色で葉が樹上で枯れることでしょうか。

また明日もお知らせしたいと思います。
  


2013年11月01日

厄年というもの

あまり今まで気にしていなかった厄年というものが、ここしばらくの間で存在感を否応なく増し続けています。
今年に入ってからというもの色々と妙な出来事が立て続けに起こり、またそれが一つ二つでなく起こり続けるというなんとも過酷な状況。
人との衝突も数多く起こりながら、それを何とか対処する毎日。

これはおかしいと思い、フト気づいて厄年を調べてみると・・

今年は前厄でした。
前厄でコレ!? 来年の本厄と再来年の後厄は一体どうなるのか。
とうとう倒れちゃったりするのでしょうか。

しかし、難儀なことが起こり続けていると言ってもそれは新しい動きをする際には必ず起こること。
人から誤解を受け続けても、罵られても、心が通じなくても傍には必ず理解してくれる人もいます。
そういう人からの期待と声援を受けて、今まで走った道のりを思えばこんなもん何てこたぁ無いはず。

厄だ、厄だと考えるよりは、にっこり笑って明日へ進むほうが好ましいと思います。
精一杯頑張って、苦しい時は笑い飛ばして行きたいと思います。



来月からも色々忙しい。だから厄を置き去りにするつもりで全力疾走すれば良いのではないかと思うわけです。
  
タグ :厄年


Posted by ハシモトシンジ at 00:48Comments(0)【勤務日誌】

2013年10月26日

白沙村荘紅葉通信2013告知




2013年11月1日から、毎年恒例になっている白沙村荘の紅葉を紹介する「白沙村荘紅葉通信2013」を開始したいと思います。
庭園の敷地は10,000㎡ありますので、色づきの具合が東寄り・西寄りなどでも変わってきますがその時の見頃の物を撮影してアップして行きたいと考えています。

今日あたりから夕暮れの寒さが際立つようになり始めて、言ってる間に紅葉開始なのではないかと思います。


とりあえず今までの紅葉通信での見頃の時期をピックアップしました。参考までにどうぞ。

2009年11月27日
2010年11月22日
2011年11月28日
2012年11月21日

毎年1週間づつズレながら紅葉の盛りを迎えているみたいですね。



一応11月いっぱいまでの更新を予定しています。
お付き合いのほどよろしくお願い申し上げます。

  


2013年10月25日

瑞米山 月心寺、大津大谷 走井について



少し前に大津の月心寺を任せていた村瀬明道尼が再度の交通事故に逢い、そのまま大津には帰らず関東で没することとなりました。
明道尼は39歳の頃にも交通事故に遭っていて、その折に右半身が不自由となったので橋本家先代の歸一が生涯面倒を見るという約束をして住職となりました。

不自由な身体をおして作る精進料理や、力強く書かれた書などが人々の人気を集め「ほんまもんの庵主さん」としてよく知られていました。
ここしばらくの間、懇意にされていた方々から「庵主さんはどうされているか」との問い合わせが色々とあったのでここにも書いておこうかと思う次第です。
2013年7月に村瀬明道尼は千葉県で逝去されました。日付が曖昧なのは、亡くなった事の知らせがあったのが9月に入ってからであったからという事で正確な情報が入ってきていないからです。四十九日から逆算すると7月19日だと思うのですが。

そういう事もあるので、ちょっとだけ月心寺の事について書いておこうかと思います。

まずは月心寺開山、村上獨譚和尚。
 


この人物が橋本関雪と出会った事から月心寺の歴史は始まります。
元は嵯峨天龍寺の慈済院という塔頭に居た方で、その方面では非常に良く知られた僧であったということです。

※参考までに花園の思い出:山田無文老師第10回歴史に学ぶ人間経営学などにその名前が出ています。

和尚は第二次世界大戦において、従軍し戦没者のお弔いをするために大陸に渡っていました。
そこで捕虜として捕らえられ、しばらくは過酷な環境で過ごされたということです。
捕まった際に弟子を命がけで逃し、自分を囮にしたということですがその弟子が帰国し「あれではもう助かりますまい・・」と伝えたことから、天龍寺ではすっかり亡き者になったと思われ弔われていたようです。


それがある日ひょっこりと帰って来られました。
皆さん幽霊でも見るかのような気持ちであったことでしょう。嬉しいやら驚くやら。
ところが慈済院には既に稲葉心田和尚が代わりに入られていたので、獨譚老師は戻る場所をしばらく思案します。
そして橋本関雪がその頃には既に亡くなっている事を知ります。

出立の直前、生前の関雪に妻の墓所を寺院にするから面倒を見るようにと言われていた事を思い出し「断るつもりであったが、亡くなった方との約束を反故には出来ない」と月心寺に入られる事になったそうです。天龍寺は歴史のある本山。月心寺は元の歴史は古くとも、寺院としては個人所有の単立寺院ですから格が違いすぎるので無理もない事ですが、奇縁が両者を結びつけたのでしょう。


そういう経緯で住職となった村上獨譚和尚の元に、一人の尼僧がやって来ます。
それが村瀬明道尼です。



八幡の水月寺や大徳寺にも一時は典座として入っていた明道尼は、料理が得意で当時街道沿いの宿坊的に機能していた月心寺を訪れる来客に椀や焚き物を振舞っていたそうです。その中に白洲正子さんも居て、そこから後に「ほんまもんの精進料理を作る尼さん」として知られる彼女の名声が広がっていきました。湯木貞一さんのエピソードが広く語られますが、本来はこの白洲正子さんが始まりのはずなのですよね。エピソード自体も煮しめの人参を褒めた話から、知らない間に胡麻豆腐を褒めた話に変わっています。よっぽど胡麻豆腐に執着している人がいるのでしょう。

そうこうしている内に先に話した通り明道尼が事故に遭い、そして獨譚老師が亡くなりという事が起こり月心寺の二世として一昨年まで務めを続けてくれていました。



生前の明道尼と父に間に、私が将来僧籍を取って月心寺の住職となるという事が約束として交わされていました。
その為に小さな頃から何度か比叡山や永源寺に訪れて、作務や僧堂での事を色々覚えていました。
しかしどの僧堂で籍を取ろうかという段になって、実家の方から呼び戻されてしまいついに僧籍を取り損ねたまま現在に至ります。

かと言って約束は反故には出来ないので、僧籍を持った方の後見を受けながら、月心寺の三世として関雪夫妻と一族のお弔いをしつつ、今後の月心寺を文化財として遺していくための事業を準備しています。確かに寺院とはなりましたが、ここもまた橋本関雪の遺した文化遺産の一つですから、在るべき形でより良い状態に戻しつつ今後も保存維持を行いたいと考えています。東海道の水場として、歌仙を祀る場所として、大津絵の関係施設として今後も変わらず残したいと考えています。



以前の月心寺を知る方も、今から知る方も皆様の今後ますますのご協力やご理解を頂きたいと思います。
なにとぞよろしくお願い申し上げます。  


Posted by ハシモトシンジ at 16:40Comments(0)【橋本関雪】【勤務日誌】

2013年10月23日

生誕130年 橋本関雪展が終わって



兵庫県立美術館で10月20日まで開催されていた橋本関雪展も終了して、台風の影響で降り続く雨のせいもあり少し物悲しい気分です。

前回の橋本関雪展は4年ほど前に姫路市立美術館・富山県立水墨美術館・島根県立美術館・そして大丸京都ミュージアムと巡回をして、各地へは中々行けなかった白沙村荘の関係者にとっては京都での展覧会しか観ることが出来ませんでした。そしてまた巡回展だけに代表作がややバラけてしまい残念な部分もあった事は否めません。

実は以前から今度回顧展が行われるのなら、兵庫スタートで次は東京。そしてその次は京都でやりたい。スタートは出来れば2013年頃が良いなとずっと考えていたので、今回の大規模な回顧展は非常に有難いタイミングで行われたことになります。出来れば次は没後70年の2015年・・と思うのですが、そうそう上手くは行かないと思うので時期は諦めて開催のみを追いかけることにします。東京→京都の順番は是非実現したいですね。この順番は関雪の画家としての足跡を辿っていますので。



さて、その兵庫県立美術館での関雪展ですが観に行った方からの評判は非常に良く、立地も器もそしてチョイスされた作品も良かったように思います。
いつもは展示の序列に関してフラストレーションが溜まりやすい私自身も、何のストレスもなく作品に没頭出来る感じで楽しく観ることが出来ました。
一番の関心事は照明。以前までの展覧会では映えなかった「南国」の箔や銀泥、「木蘭」の水の深さなどがキッチリと照らしだされていて非常に参考になりました。白沙村荘でも来夏に新美術館が出来ますので、是非参考にしたいところです。

会場でのトークなども大勢の方が来て下さいました。ありがとうございます。
その時に静かに鑑賞を楽しまれていた方、非常に申し訳ありませんでした。お詫び申し上げます。



今回の展覧会で、地元神戸に新たな橋本関雪ファンが増えるといいなと思います。
もちろん神戸以外にも・・です。
  


Posted by ハシモトシンジ at 13:22Comments(1)【催事情報】【橋本関雪】【勤務日誌】

2013年10月21日

哲学の道プロムナードコンサート<125>




哲学の道プロムナード・コンサート<125>

  〜2013晩秋・バッハ=無伴奏チェロ組曲への誘い~ 

   11月23日(土・祝)午後3時開演(午後2時30分開場)

 ― J.S.バッハ・プログラム ―

  ● 無伴奏チェロ組曲 第1番 ト長調 BWV1007
  ● 無伴奏チェロ組曲 第2番 ニ短調 BWV1008
  ● 無伴奏チェロ組曲 第3番 ハ長調 BWV1009

      チェロ:太 田 道 宏 

     場所:白沙村荘・主家瑞米山
      京都市左京区浄土寺石橋町37  ℡(075)751-0446
  
    料金: 2000円(前売) ・ 2500円(当日)
           1000円(学生前売) ・ 1500円(学生当日)
     [橋本関雪記念館入館料を含みます。記念館へは開館時間中随時入館できます。]
  
白沙村荘の主家に響くバッハ――チェロ音楽の「旧約聖書」に例えられ、ともすれば難しい曲と
思われがちな無伴奏組曲。全6曲中3曲の演奏とともに、その全体像からそれぞれの性格、深さ、
親しみやすさ、楽しさなどさまざまな側面から作品の魅力をご紹介します。  


Posted by ハシモトシンジ at 21:06Comments(0)【白沙村荘】【催事情報】

2013年10月19日

橋本関雪大画室 存古楼改修工事 第1期終了のお知らせ

白沙村荘造営100周年記念事業としまして2008年より白沙村荘内の各建物、庭園などの改修工事が繰り返し行われています。
2013年現在は橋本関雪が、文展・帝展の出品作品を制作していた大画室 存古楼(ダイガシツゾンコロウ)の改修工事が行われています。

この工事は建物全体が傾斜していたものを正常な状態に戻した上で、老朽化した屋根や壁の再修復を行いつつ、永年に渡り虫害や物理的な損傷を受けた箇所の復旧を進める工事です。当然無用な配線や照明なども撤去を行いながら周辺の環境も竣工当時に近い状態へ戻していきます。



6月頃から足場がかかり、覆いがされていた存古楼ですが10月半ばから撤去工事が始まり本日より支障なく外観を見ることが出来るようになりました。







老朽化した檜皮葺を全て新しく葺き、壁も全て塗り直されたので以前にも増して美しい外観となっています。
周辺の軒下や地面の工事も予定されていますが、翌年に入ってからとなります。

事情により内部公開の行えない場合もありますが、出来る限り内部から見学をして頂けるように考えております。
皆様のご来館をお待ち申し上げますのでよろしくお願い申し上げます。

  


Posted by ハシモトシンジ at 13:30Comments(1)【白沙村荘】【橋本関雪】【勤務日誌】

2013年10月02日

古代オリエント博物館 「古代の楽園 −神話、来世、桃源郷…−」






橋本関雪コレクション「デュオニュソス祭礼図クラテル(紀元前5世紀頃)」が東京池袋の古代オリエント博物館の開館35周年秋の特別展に展示されます。

白沙村荘 橋本関雪記念館からの出品は以下の通り
・デュオニュソス祭礼図クラテル(ギリシャ陶器/紀元前5世紀頃)
・レスラー図キュリックス(ギリシャ陶器/紀元前5世紀頃)
・魚紋平皿(ギリシャ陶器/紀元前5世紀頃)
・花下遊宴図(イラン写本絵画/16世紀頃)
・酒宴図(イラン写本絵画/17世紀頃)

詳しい会期などは東京オリエント博物館公式ホームページまで。

http://aom-tokyo.com/exhibition/131005_paradise.html


関雪のギリシャ陶器の展示は大和文華館で数10年前に行われた展覧会以来、写本絵画はほとんど外部初公開ではないでしょうか。
ギリシャ陶器は関雪の集めた総数が200点あまり。写本絵画もやはり100点を超え、インド・イラン・ペルシャなどの地域のものが多彩に集められています。機会があれば全部並べてみたいものですね。


今回の会場となる池袋には関雪の子息である節哉一家が暮らしていた家があり、小さな頃によく訪ねていたので思い出深いです。
オープニングには行けませんが、会期中に伺いたいと思います。

  


Posted by ハシモトシンジ at 20:06Comments(1)【催事情報】【橋本関雪】

2013年09月15日

生誕130年 橋本関雪展@兵庫県立美術館 内覧会当日




生誕130年 橋本関雪展の内覧会に白沙村荘 橋本関雪記念館から橋本 妙館長と、橋本眞次副館長が出席してきました。













会場周辺は翌日からの開催を控え、関雪世界一色に染められていました。
会場周辺を散歩しながら看板の見学者に質問してみると・・ やはり橋本関雪を知らないそうです。

この機会に兵庫県、神戸市の方々が橋本関雪のみならず地元出身の日本画家などに興味をもたれると良いですね。








会場へ続く大階段前にはセレモニーの用意がされていました。
兵庫県立美術館の蓑 豊館長からのご挨拶と、来賓のご紹介そして白沙村荘 橋本関雪記念館から橋本 妙館長が皆様に挨拶をしていざテープカットです。






展覧会場入口では「玄猿」が皆様をお出迎え。ここからの会場風景は行ってからのお楽しみです。






屏風をメインとした代表作、初展示作品などが多数展示されている本展覧会。
正直な話をすれば橋本関雪展自体は今後も開催はされるはずですが、この規模と内容で開催できることがあるかと聞かれれば中々難しいと言うべきでしょう。

日本画が好きな方、橋本関雪を見たい方のみならず必見の展覧会と言うべきでしょう。
この機会に多くの方々が橋本関雪の世界を知って頂ければと思います。

  


Posted by ハシモトシンジ at 12:00Comments(0)【催事情報】【橋本関雪】【勤務日誌】

2013年09月13日

生誕130年 橋本関雪展@図録通信販売のお知らせ

14日から兵庫県立美術館にて開催されます生誕130年 橋本関雪展の展覧会図録の先行予約が始まりました。



画像で確認出来る通り、従来の縦型ではなく屏風の点数を考慮した横型の画面構成で作成されています。
以前までの展覧会図録では画面が縦構成のため屏風のハシが大きく切れていたり、切れないようにすると今度は画像が小さくなり過ぎたりしていました。

それにより一部の愛好者からはクレームもあったのですが、これでまずは課題が一つクリアされた状態です。
解説も作品画像の横についたので、イメージが頭に入りやすくなっているハズです。



お手元に届くのは9月20日以降となりますが、遠方の方や海外におられる方など。
または展覧会に行く前に作品の予備知識を予習する習慣のある方にお勧めします。


お申込は朝日新聞イベントプラスまで。 朝日新聞イベントプラス通信販売サイト


  


Posted by ハシモトシンジ at 04:12Comments(0)【橋本関雪】【勤務日誌】

2013年09月12日

梨木神社のマンション建設の件

京都御苑の東側にある梨木神社に関わるマンション建設が昨日辺りから各メディアで相次いで報じられています。

梨木神社境内にマンション計画 京都御苑の東隣:京都新聞


内容としては改修工事などの必要から、資金捻出の為行った苦肉の策であるという事です。
私的な使途による資金調達ではない上に、法令上問題のない建設計画であるのなら致し方無い事ではないでしょうか。

以前も西陣の出世稲荷の移転に関わる話の中で出ていましたが、派手にやっている大社などと違い小さな神社などは結構苦しい状況の中で社殿を守り続けているものなのです。個人的な文化財も同様に、私財を使ったりそれが為に自由に動くことが出来ないということもままあります。



しかし一般の方々の認識はどうでしょうか?
神社である、文化財であるというだけで「どうせ国からお金が出てるんでしょう?」と多くの人が勘違いをしている有り様です。

でもそれが故に資金難に陥ったり、最悪の場合無くなってしまうと今度は「もっと早く言えば何とかなったのに」「寄附くらい集めてあげたのに」となる訳です。全くおかしな話です。話題に出るような重要な神社であるのなら、常から地域住民やその社に関わる人々がもっと誠意を持って協力すればよいのです。

確か梨木神社は名水があるがために茶事や料理の方が汲みに来てはいませんでしたか?




そういう常の協力を無しにして「マンション建てるとはけしからん」とはこれいかに。
白沙村荘でも現在色々と建設工事に口を挟む人々がいますが、やはりこちらも見当違いの意見ばかりです。
他所様が建築する建物にアレコレと外部から口だけを出すというのは、恥ずかしい事なのだとそろそろ分かって貰いたいところです。
しかも建築法上も、景観条例的にも条件を満たしているのなら・・ それは誰も文句を言えるはずのないことです。


もし言えるとすれば、その方が梨木神社の苦難を一手に引き受けて資金提供を申し出た場合のみ。
それによってマンション建設も白紙に戻せるはず。実際の話、それしか無いのではないでしょうか?

  


Posted by ハシモトシンジ at 14:06Comments(0)【勤務日誌】

2013年09月05日

明石天文台 長寿院橋本家墓所

明石には子午線を制定する天文台がありますが、その麓の辺りに長寿院という寺があります。

播磨明石藩にお国換えをされた松平直明公の帰依を受け栄えたこの寺には、播磨明石の藩士達が数多く眠っています。
関雪は既に廃藩置県の行われた明治の生まれなので直接的な関係は無いものの、やはり分骨を行い大津の月心寺とともに明石長寿院に墓所を造りました。



【橋本分水翁墓所】
橋本文水翁墓所。文水は播磨明石藩に儒官として登用された初めての人物であり幼名を喜和輔、通稱を長平と云った。
剣術師範も兼任し、主に山水を得意としていた。関雪の祖父にあたる。


【橋本海関翁墓所】
橋本海関翁墓所。海関は父、文水の後を継いで播磨明石藩松平家に仕えた最後の儒官となった。
幼名は武一郎、通稱は当初文水と同じ喜和輔であったが後に小六と改めた。
幕末の時代に生き、明石史の他多くの著作や翻訳を手がけた傑物。
神戸港開港以降は大陸の政治家や文人と多く交流を持つようになる。


【橋本関雪翁、ヨネ夫人墓所】
橋本関雪翁、ヨネ夫人の墓所。大津の別邸 走井(瑞米山月心寺)とこの明石の長寿院に分骨されている。
橋本家の墓所は以降走井にのみ置かれることとなり、明石にはこの三基を数えるのみであるが係累なのか橋本姓の墓も数多く見受けられる。



9月14日から開催される兵庫県立美術館での橋本関雪展。会場からは少し距離はありますが、明石駅からも近い場所ですからこの機会に墓参も計画してはいかがでしょうか。
長寿院ホームページ

また天文台の散策路付近の柿本神社には、関雪の父海関による明石藩の「紀功碑」が建立されています。
それもまた見に行って下されば幸いです。


  


Posted by ハシモトシンジ at 16:44Comments(0)【橋本関雪】【勤務日誌】

2013年09月01日

白沙村荘造営100周年事業進捗 ~存古楼の檜皮葺




2012年の春に、カラスによりむしられ穴が開いていた存古楼の軒先の檜皮葺。
確か以前のこのブログにも紹介していた気が・・ これですね。

それが今回の改修工事で綺麗に直して頂けました。
バンザーイ。


本来A型人間なので、整っていない部分を目にするとイラっとする性癖がありますので嬉しい。
実は毎日「見ないように、見ないように」と暮らしているのですよね色々と。

でも、もう見てもイライラしない。なんて素敵なのでしょうか。



しばらくは真新い感じでしょうからそれもまた落ち着かないのですが、じきに良い色が着くことでしょう。
屋根は一段落らしいのですが、まだしばらくは左官工事の仕上げが続きます。  


Posted by ハシモトシンジ at 15:40Comments(0)【白沙村荘】【勤務日誌】

2013年09月01日

明石、そして宝塚の別邸達



数日前に兵庫県立美術館での橋本関雪展に向け、宝塚の冬花庵と明石の蟹紅鱸白荘(現在の名称は白沙荘と言います)を訪れました。

父や他の家族たちは一度ならず訪れていたこの別邸ですが、私は白沙村荘に戻ってきたのがちょうど父の病状が一番思わしくない時期だったので中国やヨーロッパなどの来訪を優先していたため遂に一緒に訪れることはありませんでした。一度加古川にて橋本関雪展が行われた際にも行くかどうかという話がありましたが、開催の皆様の手篤い歓迎があったので時間的に無理だなと諦めたのでした。


あれはちょうど阪神淡路大震災が起こった直後でしたので、両方の別邸がどうなったのかとしばしば父と話題に出しては心配しながらも行くに行けず、とうとう父が亡くなってからは白沙村荘を離れるに離れられずという状況の中で13年も経っていました。こういった家では当主の逝去は重大事であり、特に長期の病気などが重なったので様々な経済的・社会的な負担が起こりました。


そして今年に入り、兵庫県立美術館で橋本関雪展が開催されることになりました。実は内心、2013年には兵庫県下で出来れば神戸で橋本関雪の展覧会を開きたいと考えていたのでこれは非常に願ったりかなったりの出来事でした。嬉しさのあまりすぐに仏壇に向かい、父や祖父に報告をしてそれからは準備を着々と進めて行きました。
ちょうど昨年くらいからずっと続いていた相続の難事なども収まり、大津の別邸である月心寺の交代の件が持ち上がっていたとはいえ以前よりもずっと身動きが取れるようになっていたので4年前の巡回展の時よりはスムーズに仕事が出来たようにも思います。




そこでフトそれぞれの別邸達の事を思い出し、展覧会前に現地入りしておきたいという気持ちがあったので連絡を取り向かうことにしました。

明石の東二見、「蟹紅鱸白荘(カイコウロハクソウ)」は現在「白沙荘(ハクサソウ)」と呼称を変えてはいますが震災の後も修復が行われ非常に健全な状態で遺っていました。
白沙村荘に存古楼(ゾンコロウ)が出来上がるまでの期間の出品作などは、この別邸の画室で描かれていたので今も画室らしき面影のある広間が残っていて感激しました。
もちろん建具の材などもできるだけ当時のままにという配慮で、おそらくは末松棟梁の手による建具の細工が見事に残されていました。

もう一つ、宝塚の冬花庵(トウカアン)は震災の被害が非常に大きかったようです。当時瓦解していたと伝えられていた外の長塀は綺麗に修復されていましたが、内部の建物や石造美術などは崩れたり転倒している状態のものが多く見られました。しかしながら、建物についてもその状態でも取り壊しをせずに残しておかれた配慮があったので、以前の状態や周辺の環境などはパッと想像することが容易に出来たのは幸いです。関雪の美意識を識れば、彼がどこに何を置くであろうか、建物の周辺に配するものは何であろうか何処であろうかというのはすぐわかります。

三重の塔が倒壊せずに立派に聳え立っていて、これもまた嬉しい限りです。いずれ何か協力できることがあれば同じようにとは行きませんがかつてのように復元をしたい気持ちでいっぱいです。


どちらの別邸も現在の所有者の方達が、想いを持って保存されているので非常に安心をしました。
京都の白沙村荘、大津の月心寺、そして明石の蟹紅鱸白荘、宝塚の冬花庵。これらの関雪所縁の邸宅が今後も長く残ることを切に願います。


※これらの邸宅は両方共一般公開や見学などは現状受け入れておらず、従って問い合わせや要望は出来るだけ控えて頂きたいと思います。
  


Posted by ハシモトシンジ at 14:30Comments(0)【催事情報】【橋本関雪】【勤務日誌】