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Posted by 京つう運営事務局 at

2013年09月15日

生誕130年 橋本関雪展@兵庫県立美術館 内覧会当日




生誕130年 橋本関雪展の内覧会に白沙村荘 橋本関雪記念館から橋本 妙館長と、橋本眞次副館長が出席してきました。













会場周辺は翌日からの開催を控え、関雪世界一色に染められていました。
会場周辺を散歩しながら看板の見学者に質問してみると・・ やはり橋本関雪を知らないそうです。

この機会に兵庫県、神戸市の方々が橋本関雪のみならず地元出身の日本画家などに興味をもたれると良いですね。








会場へ続く大階段前にはセレモニーの用意がされていました。
兵庫県立美術館の蓑 豊館長からのご挨拶と、来賓のご紹介そして白沙村荘 橋本関雪記念館から橋本 妙館長が皆様に挨拶をしていざテープカットです。






展覧会場入口では「玄猿」が皆様をお出迎え。ここからの会場風景は行ってからのお楽しみです。






屏風をメインとした代表作、初展示作品などが多数展示されている本展覧会。
正直な話をすれば橋本関雪展自体は今後も開催はされるはずですが、この規模と内容で開催できることがあるかと聞かれれば中々難しいと言うべきでしょう。

日本画が好きな方、橋本関雪を見たい方のみならず必見の展覧会と言うべきでしょう。
この機会に多くの方々が橋本関雪の世界を知って頂ければと思います。

  


Posted by ハシモトシンジ at 12:00Comments(0)【催事情報】【橋本関雪】【勤務日誌】

2013年09月13日

生誕130年 橋本関雪展@図録通信販売のお知らせ

14日から兵庫県立美術館にて開催されます生誕130年 橋本関雪展の展覧会図録の先行予約が始まりました。



画像で確認出来る通り、従来の縦型ではなく屏風の点数を考慮した横型の画面構成で作成されています。
以前までの展覧会図録では画面が縦構成のため屏風のハシが大きく切れていたり、切れないようにすると今度は画像が小さくなり過ぎたりしていました。

それにより一部の愛好者からはクレームもあったのですが、これでまずは課題が一つクリアされた状態です。
解説も作品画像の横についたので、イメージが頭に入りやすくなっているハズです。



お手元に届くのは9月20日以降となりますが、遠方の方や海外におられる方など。
または展覧会に行く前に作品の予備知識を予習する習慣のある方にお勧めします。


お申込は朝日新聞イベントプラスまで。 朝日新聞イベントプラス通信販売サイト


  


Posted by ハシモトシンジ at 04:12Comments(0)【橋本関雪】【勤務日誌】

2013年09月12日

梨木神社のマンション建設の件

京都御苑の東側にある梨木神社に関わるマンション建設が昨日辺りから各メディアで相次いで報じられています。

梨木神社境内にマンション計画 京都御苑の東隣:京都新聞


内容としては改修工事などの必要から、資金捻出の為行った苦肉の策であるという事です。
私的な使途による資金調達ではない上に、法令上問題のない建設計画であるのなら致し方無い事ではないでしょうか。

以前も西陣の出世稲荷の移転に関わる話の中で出ていましたが、派手にやっている大社などと違い小さな神社などは結構苦しい状況の中で社殿を守り続けているものなのです。個人的な文化財も同様に、私財を使ったりそれが為に自由に動くことが出来ないということもままあります。



しかし一般の方々の認識はどうでしょうか?
神社である、文化財であるというだけで「どうせ国からお金が出てるんでしょう?」と多くの人が勘違いをしている有り様です。

でもそれが故に資金難に陥ったり、最悪の場合無くなってしまうと今度は「もっと早く言えば何とかなったのに」「寄附くらい集めてあげたのに」となる訳です。全くおかしな話です。話題に出るような重要な神社であるのなら、常から地域住民やその社に関わる人々がもっと誠意を持って協力すればよいのです。

確か梨木神社は名水があるがために茶事や料理の方が汲みに来てはいませんでしたか?




そういう常の協力を無しにして「マンション建てるとはけしからん」とはこれいかに。
白沙村荘でも現在色々と建設工事に口を挟む人々がいますが、やはりこちらも見当違いの意見ばかりです。
他所様が建築する建物にアレコレと外部から口だけを出すというのは、恥ずかしい事なのだとそろそろ分かって貰いたいところです。
しかも建築法上も、景観条例的にも条件を満たしているのなら・・ それは誰も文句を言えるはずのないことです。


もし言えるとすれば、その方が梨木神社の苦難を一手に引き受けて資金提供を申し出た場合のみ。
それによってマンション建設も白紙に戻せるはず。実際の話、それしか無いのではないでしょうか?

  


Posted by ハシモトシンジ at 14:06Comments(0)【勤務日誌】

2013年09月05日

明石天文台 長寿院橋本家墓所

明石には子午線を制定する天文台がありますが、その麓の辺りに長寿院という寺があります。

播磨明石藩にお国換えをされた松平直明公の帰依を受け栄えたこの寺には、播磨明石の藩士達が数多く眠っています。
関雪は既に廃藩置県の行われた明治の生まれなので直接的な関係は無いものの、やはり分骨を行い大津の月心寺とともに明石長寿院に墓所を造りました。



【橋本分水翁墓所】
橋本文水翁墓所。文水は播磨明石藩に儒官として登用された初めての人物であり幼名を喜和輔、通稱を長平と云った。
剣術師範も兼任し、主に山水を得意としていた。関雪の祖父にあたる。


【橋本海関翁墓所】
橋本海関翁墓所。海関は父、文水の後を継いで播磨明石藩松平家に仕えた最後の儒官となった。
幼名は武一郎、通稱は当初文水と同じ喜和輔であったが後に小六と改めた。
幕末の時代に生き、明石史の他多くの著作や翻訳を手がけた傑物。
神戸港開港以降は大陸の政治家や文人と多く交流を持つようになる。


【橋本関雪翁、ヨネ夫人墓所】
橋本関雪翁、ヨネ夫人の墓所。大津の別邸 走井(瑞米山月心寺)とこの明石の長寿院に分骨されている。
橋本家の墓所は以降走井にのみ置かれることとなり、明石にはこの三基を数えるのみであるが係累なのか橋本姓の墓も数多く見受けられる。



9月14日から開催される兵庫県立美術館での橋本関雪展。会場からは少し距離はありますが、明石駅からも近い場所ですからこの機会に墓参も計画してはいかがでしょうか。
長寿院ホームページ

また天文台の散策路付近の柿本神社には、関雪の父海関による明石藩の「紀功碑」が建立されています。
それもまた見に行って下されば幸いです。


  


Posted by ハシモトシンジ at 16:44Comments(0)【橋本関雪】【勤務日誌】

2013年09月01日

白沙村荘造営100周年事業進捗 ~存古楼の檜皮葺




2012年の春に、カラスによりむしられ穴が開いていた存古楼の軒先の檜皮葺。
確か以前のこのブログにも紹介していた気が・・ これですね。

それが今回の改修工事で綺麗に直して頂けました。
バンザーイ。


本来A型人間なので、整っていない部分を目にするとイラっとする性癖がありますので嬉しい。
実は毎日「見ないように、見ないように」と暮らしているのですよね色々と。

でも、もう見てもイライラしない。なんて素敵なのでしょうか。



しばらくは真新い感じでしょうからそれもまた落ち着かないのですが、じきに良い色が着くことでしょう。
屋根は一段落らしいのですが、まだしばらくは左官工事の仕上げが続きます。  


Posted by ハシモトシンジ at 15:40Comments(0)【白沙村荘】【勤務日誌】

2013年09月01日

明石、そして宝塚の別邸達



数日前に兵庫県立美術館での橋本関雪展に向け、宝塚の冬花庵と明石の蟹紅鱸白荘(現在の名称は白沙荘と言います)を訪れました。

父や他の家族たちは一度ならず訪れていたこの別邸ですが、私は白沙村荘に戻ってきたのがちょうど父の病状が一番思わしくない時期だったので中国やヨーロッパなどの来訪を優先していたため遂に一緒に訪れることはありませんでした。一度加古川にて橋本関雪展が行われた際にも行くかどうかという話がありましたが、開催の皆様の手篤い歓迎があったので時間的に無理だなと諦めたのでした。


あれはちょうど阪神淡路大震災が起こった直後でしたので、両方の別邸がどうなったのかとしばしば父と話題に出しては心配しながらも行くに行けず、とうとう父が亡くなってからは白沙村荘を離れるに離れられずという状況の中で13年も経っていました。こういった家では当主の逝去は重大事であり、特に長期の病気などが重なったので様々な経済的・社会的な負担が起こりました。


そして今年に入り、兵庫県立美術館で橋本関雪展が開催されることになりました。実は内心、2013年には兵庫県下で出来れば神戸で橋本関雪の展覧会を開きたいと考えていたのでこれは非常に願ったりかなったりの出来事でした。嬉しさのあまりすぐに仏壇に向かい、父や祖父に報告をしてそれからは準備を着々と進めて行きました。
ちょうど昨年くらいからずっと続いていた相続の難事なども収まり、大津の別邸である月心寺の交代の件が持ち上がっていたとはいえ以前よりもずっと身動きが取れるようになっていたので4年前の巡回展の時よりはスムーズに仕事が出来たようにも思います。




そこでフトそれぞれの別邸達の事を思い出し、展覧会前に現地入りしておきたいという気持ちがあったので連絡を取り向かうことにしました。

明石の東二見、「蟹紅鱸白荘(カイコウロハクソウ)」は現在「白沙荘(ハクサソウ)」と呼称を変えてはいますが震災の後も修復が行われ非常に健全な状態で遺っていました。
白沙村荘に存古楼(ゾンコロウ)が出来上がるまでの期間の出品作などは、この別邸の画室で描かれていたので今も画室らしき面影のある広間が残っていて感激しました。
もちろん建具の材などもできるだけ当時のままにという配慮で、おそらくは末松棟梁の手による建具の細工が見事に残されていました。

もう一つ、宝塚の冬花庵(トウカアン)は震災の被害が非常に大きかったようです。当時瓦解していたと伝えられていた外の長塀は綺麗に修復されていましたが、内部の建物や石造美術などは崩れたり転倒している状態のものが多く見られました。しかしながら、建物についてもその状態でも取り壊しをせずに残しておかれた配慮があったので、以前の状態や周辺の環境などはパッと想像することが容易に出来たのは幸いです。関雪の美意識を識れば、彼がどこに何を置くであろうか、建物の周辺に配するものは何であろうか何処であろうかというのはすぐわかります。

三重の塔が倒壊せずに立派に聳え立っていて、これもまた嬉しい限りです。いずれ何か協力できることがあれば同じようにとは行きませんがかつてのように復元をしたい気持ちでいっぱいです。


どちらの別邸も現在の所有者の方達が、想いを持って保存されているので非常に安心をしました。
京都の白沙村荘、大津の月心寺、そして明石の蟹紅鱸白荘、宝塚の冬花庵。これらの関雪所縁の邸宅が今後も長く残ることを切に願います。


※これらの邸宅は両方共一般公開や見学などは現状受け入れておらず、従って問い合わせや要望は出来るだけ控えて頂きたいと思います。
  


Posted by ハシモトシンジ at 14:30Comments(0)【催事情報】【橋本関雪】【勤務日誌】