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Posted by 京つう運営事務局 at

2012年09月15日

日々思うこと

白沙村荘において現在行なわれているいくつかの事業を上手く収めるために、毎日のように幾つかのシミュレートが絶え間なく頭の中で繰り返されています。


周辺では茶室の件だけで工事などが終わったと思われているフシがあるのだけれど、あれは予定外であって本来は橋本関雪の制作の現場であった画室「存古楼」や主家「瑞米山」を含む全体改修の計画が以前からあったのです。その計画の中には実は茶室の工事は含まれておらず、一応ということで茶室の立面・平面を作成した翌週に罹災するという奇禍に見舞われたのでした。

当然、建物だけが改修されても意味はなくそれに伴い庭園の再生も行なわなければ、白沙村荘という空間の存在の本義は欠けたままとなってしまうことでしょう。



今回の計画について大事なことは、「現在どう見えるか」「過去はどうであったか」ではなく「これからどう生まれ変わるか」という一点につきます。

これは便利なように大きく変えるという話ではなく、本来戦後の60数年を経て苔むし緑に包まれた枯淡の庭があった筈なのに入場の配慮が足りなかったためか、特に東部分について景観が微妙な風になっていることに起因する。要するに橋本関雪が意図していない景観がそこに生まれていると言える。



この問題については、以前から色々と考えていたのですが解消しがたいジレンマがあり実現へ向かうことはありませんでした。

多くの人に見てもらう為にどうすれば良いのか? そして庭を保全し、更なる美しい空間として再生するためにはどうすれば良いのか?



そう考え、一番良い方法を取るべく現在様々な事業の編成を行なっているわけです。






当然、今まではこうだったのにと変化に対して反発する人も居ることでしょう。実際に先日のブログに書いた公開制限について早速に意見があったようです。しかし勘違いしてもらっては困るのは、今後行うのは今まで以上に良い内容の公開を行うための制限であるということです。



白沙村荘を保全しながら遺すという橋本家の義務と、多くの人に見てもらうことの意義、橋本関雪という人物の存在を中心とした芸術文化の展開、そしてそれらを円滑に進めるための付帯事業の成功。

正直、数年前までは実現不可能な状況であったのがこの3年あまりで劇的に進捗していることは奇跡といえるでしょう。




今行なわねば、次は無い。

そう考えて10数年あまり考え続けていた事をさらに考え、更に疑いながら時に思い切って遣り進めて行くわけです。




余裕があるからやっている事業というわけではありませんが、今やるべき事業を粛々と行なっていると云うことを是非にご理解頂ければありがたいのです。あと3年の間、温かく見守って頂けないかと思うわけです。




  


Posted by ハシモトシンジ at 21:42Comments(0)【勤務日誌】