京つう

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Posted by 京つう運営事務局 at

2012年08月30日

関係の各Facebookページについて

Facebookというモノをご存じの方も多いのではないかと思います。


昨年くらいには「ソーシャルネットワーク」という映画の題材にもなり、創始者といわれるマーク・ザッカーバーグはビル・ゲイツに続く若き成功者として著名な存在となっています。細かな言及は避けますが、まぁSNSと呼ばれるソーシャルネットワークシステムの中では利用者が多いものであります。



個人的にアカウントを取得して使う事もできますが、このFacebookの肝になっているのはやはりFacebookページではないかと思うのです。
これはいわゆるファンページで、双方向での意見の交換や興味の指向性をダイレクトに捉えることの出来るものです。

プライバシーがどうとかいう話もありますがそんなのはもう折り込み済みの概念でして、私は「接続用」と「ローカル用」の端末をそれぞれに使い分けています。入ってなければ抜かれる事もないわけで。出て困るものを手の届くところに置いてちゃいけませんよって話です。




白沙村荘 橋本関雪記念館の関係についてもすでにFacebookページが出来ており、それぞれに更新や情報の追加を隙を見て行なっています。

橋本関雪

白沙村荘 橋本関雪記念館

お食事どころ はしもと(和食)

レストラン NOANOA(洋食)

瑞米山 月心寺



上記のFacebookページがこちらで一括管理しているものです。
良かったら覗いてみて下さい。情報の追加や更新が緩やかなものもありますが。


そして気が向いたら「いいね!」でもして貰えれば幸いです。
それによって何があるかというと金銭的には何もないのですが、皆さんを通じて広く知って貰うことは出来るのです。


というわけでよろしくお願い申し上げます。
  


Posted by ハシモトシンジ at 20:46Comments(0)【勤務日誌】

2012年08月22日

懐かしのラーメン屋さん・・なのか?

ラーメン屋さんを検索する状況がありまして、少し滋賀県のお店を調べていました。


滋賀県というと「夜泣き屋」なんだろうかとは思いますが、最近は「天下ご麺」だとか「風火(豚人)」だとかそんな店もあるみたいで。
ベッドタウンが近いから、国道添い以外も色々と店が増えてるんでしょうね。



そんな感じで検索していると・・見たことのある店名が幾つかありました。
多分同じ名前なんだろう。よくある名前かもしれないしねと思いつつ開くと


「山さんラーメン」

間違いなくあの「山さんラーメン」だよね? コレ。東鞍馬口にあった店でしょう?
オジさん亡くなったと聞いてたけど、その流れの方? またはインスパイア?

東鞍馬口にあった店は、今もし存在していれば造形芸術大学の学生達が集って名店化していたでしょうね。



そしてもう一つ

「宇奈月」


・・・寿司がある時点でほぼ確定か? 

これって、松ヶ崎の工繊のあたりにあった「宇奈月」じゃないですか?
寿司割烹なんだか、ラーメン屋さんなんだかわからないカオスな名店じゃあないですか。



とか憶測しながらも、本当にこれらがそれなのか。
実際行くとわかるのでしょうけど、あまり簡単に行ける場所でもなさそうです。



と、いうわけで誰か教えて下されば幸いです。お店の関係者でもOK!
もしそうであるのなら、一回有志を募って行きますから。

  


Posted by ハシモトシンジ at 19:00Comments(0)【勤務日誌】

2012年08月19日

梅ケ畑砥石復活へ 

砥石の最高峰と名高い梅ケ畑砥石が、一人の男性の弛まぬ努力そして情熱の成果として復活したというニュースが昨日の京都新聞に掲載されていました。

梅ケ畑砥石 復活へ奮闘 右京の元宮大工男性 独力で採掘・加工:京都新聞



一時は採算合わずで絶えていたその砥石の採掘を、元は宮大工として修行をしていた中岡友憲さんという一人の男性が、元砥石職人から教えを請い独力で成し遂げたというのですからこれは凄い話だと思うのです。29歳の頃からの9年間が結実したという事なのでしょう。

この事は手放しで褒め称えて良い出来事だと思うのですよね。特に京都は和食の本山。和食といえば包丁、包丁は研ぎが生命。
多分それなりの対価がついている砥石であるとは思いますが、京都を代表する料理人の方たちには是非この梅ケ畑砥石を使って頂きたいものです。





多分ですが、一人でこういう事を思いながら成功へと導くに至るまでに相当な逡巡や葛藤があったことでしょう。
孤独っていうのはそういうものですが、安易に人に答えを求めずに最善の方法で最良の結果を生み出せたのではないでしょうか?



自分も殆ど変わらないくらいの年なのですが、やはり20代後半から色々と障害があり思う方向に進み始めたのは一昨年くらいです。
周囲の意見も「理想主義で実現が難しい」とか「国道添いに店舗展開すれば」とか「前に電飾看板出して客寄せすれば良い」とか「庭を柚子畑にして、ゆずジュースでも売れば良い」とか、なんというか魂の抜けちゃうようなお花畑な意見ばっかりでした。


ただ、年長者の発する言葉ですから無碍に否定もできないので「あぁ、そうですね」と虚ろな目で聞いている日々でした。
そういう状況下で身動きも取れず、仕方ないので情報発信と庭園の整備そして自己の勉強に腐心していたのでした。
結果として、ネットという媒体の発達が非常にありがたい状況を育んだと言えます。ただ何かしているだけでは存在が消えちゃいますからね。




お陰様で来年からは結構思っている方向へ舵を切ることもでき始め、そのまま上手く行くのではないかと考えています。
「上手く行かせてもらう」のではなく「上手く行くようにしていく」ので、最終最後は自分の覚悟と努力なんですよね。

この梅ケ畑砥石の件は、上手く行き始めてからが有象無象が絡んで大変なのではないかと勝手に心配していますが・・ここまでやりきった人は揺るがないでしょう。多分。同世代として応援しています。



  


Posted by ハシモトシンジ at 14:30Comments(2)【勤務日誌】

2012年08月18日

君が代の問題

毎年春や国際大会、または終戦記念日の時期になると持ち出される問題がありますよね。

それは日本の国歌「君が代」について。



なにやら天皇制が、軍靴の響きがとそういう理由をつけて

「君が代」が天皇礼賛を国民に強いる為に使われているんだぁー。
な・・なんだってぇー。 ・・・みたいな流れが出来ているっぽい感じなのですが、個人的にはちょっと受ける印象が違います。
別に天皇陛下の事を思って歌ってもOKですし、それ以外例えば家族や恋人や友人を思って歌ってもOKだと思うのです。

何も「君」を「我が君=主君=天皇陛下」にしなくても良いじゃないですか。
確かに辞書の第一義には「ー国の君主、天皇、天子」とありますが、二義も三義もありますし。
人を敬慕や親愛の情を込めて呼ぶ場合の「君」や、尊敬できる人物や偉大な先達を指す場合に使う「君」も存在していますから。




そんなこんなで君が代を自分なりの現代訳してみます。


貴方が生きているこの世界はかけがえのないもの。
ずっとずっと、この世界が続けば良いのにね。
皆で力を合わせて頑張れば、どんな事でもやれるはず。
何かを成し遂げたその先に、きっと素晴らしい未来が待っているだから。



多分普通に訳せば

君が生きている時代は 千代、八千代の長きにわたり
さざれ石の如く 小さな石が集まり 大きな固まりとなり
苔むすようになるほど 永き世の礎となりますように


といった具合に、様々な時代の先達たちが成した功の集積により、価値が生まれ集団となりそれが悠久に揺るぎないものとなりますように・・という感じに読み取れます。

小学生時分には「きっとこれは過去の偉人を讃える歌なのかな?」と思っていましたが、最近は「現在形もアリだな」と思うようになりました。



これについてはそれぞれの価値観や、イデオロギーの問題などが多く介在されているので「これこそ正解」なんて事は言いません。
自分はこう考えてますよという意見として、現代訳をしてみました。


皆さんの考える「君が代」ってどんな世ですか?
笑いあっている? それとも罵り合っている?



  


Posted by ハシモトシンジ at 14:38Comments(0)【勤務日誌】

2012年08月17日

お盆明けの心機一転

昨日で送り火も済み、ようやくいつもの仕事のスタンスが戻りつつあります。

何というか、この時期はなぜだか「レストランのお兄さん」みたいに思ってる人がたくさん来てしまうので、それに対応してしまいデスクにも庭にも居られない日々が続くのですよね。親戚も来ますしね。



しかし、今年はのんびり盆明けの気だるさを楽しんでいる場合じゃありません。
特例財団法人から特例公益財団法人への移行も夏前に終わりましたし、次の改修工事までは少し間がありますし、まだちょっと内緒にしている大きな事業も残ってますし。色々進めることが山盛りです。

うっかり昨年から再開してしまった諸々のお勉強も、折を見てはやらないと身になりませんから頑張ります。




そういえば来年には兵庫県立美術館で橋本関雪展がありますし、関雪の生誕130年ですね。
今年は・・ 父の13回忌ですか。これもキチンとしておかないといけませんね。


なんだかんだでやる事をこなしている内に、なにやら年末の気配がするのでしょう。
この年ですから「疲れた」とか言ってないで、やれる事をやるべき時にやれだけやる・・という事です。



正直補佐が欲しいなとか思ったりもしますが、居ないものを欲しがっても仕方ないのでワンマンアーミーよろしく戦える分だけ暴れちゃいましょう。そうしましょう。







こんな風に駄文をダラダラ書いているということは、ちょっと疲れているのかも知れませんなぁ。
30分くらい頭を働かせなくて良い事をしましょうか。さて、何をしよう。


  


Posted by ハシモトシンジ at 21:00Comments(2)【勤務日誌】

2012年08月14日

関雪コレクションの行方

とある国の、とある国立美術館の東洋美術の学芸員の方からメールが届きました。


その内容はというと、「この写真の仏像、関雪のじゃね?」(※実際はもっと丁寧です)

幸いなことに、私の頭の中にはそれらの写真資料と目録のデータが入っていたので「あぁ、あれか」みたいになりました。
しかしながら、ある程度の所在がわかっているもののそれが”どこに”と言えば解らない事も多いわけで、こういった問い合わせがてらの情報提供は非常にありがたいのです。Heel hartelijk bedankt.

ついでなので、情報提供をお願いしておくことにします。

【関雪コレクションの情報求む】
橋本関雪の旧蔵品(絵画、書、仏像など)の所在をご存知の方、またはお持ちの方はお知らせ下さい。
橋本関雪の作品そのものの情報でも結構です。
(現在特に「摘瓜図双幅」、「霧(リスの絵)」、「髪(2人の妓生)」、「銀雪呈瑞(叭々鳥が11匹のもの)」を探しています。)


I'm looking for the whereabouts of the collection of KANSETSU.
Please provide information to this address. →hakusasonso@gmail.com Hashimoto SHINJI




橋本関雪が生涯に渡り集め続けたコレクションも、少数の国内美術館に流れたものを除いては中々確認が取りにくい状態です。
総数で20,000点以上と言われた仏像、俑、拓本、書画、洋画、磁器などの多くは来歴もわからないままどこかに眠っているのでしょう。

ちなみに今回見つかたのは、平安時代の阿弥陀如来坐像で久安2年頃のもの。源貞包に関係するもののようです。
当時はそんなものが180近くあったわけですから、こりゃまぁ凄い話です。
  


Posted by ハシモトシンジ at 15:22Comments(0)【橋本関雪】

2012年08月12日

お盆の悲劇〜車内にムカデが! 外に出た父親が轢かれて死亡

お盆の時期に差し掛かると、水辺や車での事故が相次ぎ毎日のように誰かが亡くなるという痛ましいニュースが流れます。

先日も近くの小学校のプール開きで、1年生の女の子が溺れて亡くなるという事故があり子を持つ身としては非常に不安な気持ちになります。海辺の事故よりもプールや川などの淡水のほうが、身体が浮かないため溺れやすいのですよね。特に川は夕立での鉄砲水とかもありますし。

私も5歳の頃に三重で高波にさらわれて、溺死しかけたことがあります。結構沖合まで持っていかれましたが遠浅だったのでなんとか助けてもらいましたが、波にさらわれてから以降の記憶はほぼありません。怖いですね。



高速道路での事故、特に玉突き事故やよそ見しての追突などは普段から遠出をする人以外は慣れない運転の事もあり、事故を起こしやすいものです。

私も17歳の時に、父の運転する車が丹後の国道でトラックと対抗衝突をしてフロントガラスに頭を突っ込んで割れちゃいました。幸いにも結構丈夫な体だったので、健康にあまり支障はなかったのですがあれから若干性格が丸くなったような気がします。禍転じて福となすってヤツですね。




そんな時期ではありますが、中には非常に悔やみきれないような理由で亡くなった方もおられます。

車内にムカデ…確認に路上へ、父親はねられ死亡: Yahooヘッドラインニュース



同乗していた奥さんと娘さんの気持ちたるや如何に。これがまだ「刺されてショックで死亡」とかだと、ムカデを呪うことで怒りのぶつけどころがあるのですが・・仮に「イヤァッ!! ムカデ! ムカデ!! お父さんちょっとなんとかして!!!」という経緯での事ならば。

それはちょっと残酷な話ではありませんか。



他の車を巻き込んだ大事故に発展しなかったのは、このお父さんの尊い犠牲によるものであると思います。
判断自体は非常に賢明であったはずです。それが一般道ではなく高速道路であったことだけが・・明暗を分けてしまったのでしょう。



明日は迎え火。このお父さんの事を思いつつ、火を焚くとしましょうか。
でも来るのはこっちじゃないですよ。ご家族のところへ行ってあげて下さいね。


  


Posted by ハシモトシンジ at 15:18Comments(0)【勤務日誌】

2012年08月11日

庭に遺された美意識




白沙村荘には大小いくつかの池が配されています。
一つは芙蓉池(フヨウチ)と呼ばれる大きな池。もう一つは瑞月池(ズイゲッチ)と名付けられた、茶室前の池。こちらには月が映り込みます。
そして最後に浄土池(ジョウドチ)という名の池。

池があることは別段珍しくないので、来館の方たちも普通に綺麗だねとか言いながら見ていると思うのですが、庭園の眺望における池というものは非常に重要な役割を果たしています。



まずは光の問題。水面にあたった陽光は大半が反射され、様々な角度で照り返します。
この照り返しは強烈なものではないのですが、周囲の木々や石造美術の輪郭を鮮やかに浮かび上がらせます。

そしてその輪郭がまた、水面に映し出されて美しく見える・・という原理です。
芙蓉池においては大画室 存古楼と松並木がそれぞれの対岸から映り、瑞月池においては如舫亭、そして倚翠亭と憩寂庵がそれぞれ映ります。浄土池は藪の羅漢と持仏堂が映るように計算されています。


この映り込みが一番重要なのは実は橋だったりします。

例えば橋が半円のアーチ状であったとすると、水面に写り込んだ姿と上にある橋が綺麗な円を描くように見えます。
橋は渡るための構造物であると同時に、離れて見た際にはその眺望の中にある一つのアクセントとして機能する事も前提として設計されています。



別段橋が架かっているからといって、そこに人が渡っている必要もなく眺めていると僅かな時間の間に鳥たちのドラマティックな生態が繰り広げられていることも多く見られます。

特にオススメはカワセミの狩りでしょうか。


橋の上に飛来したかと思うと、水中めがけて急降下すぐさま獲物をくわえて戻ってきます。
そして、くわえられた哀れな小魚を石橋めがけてビターン! ビターン!と叩きつけるのです。
光景自体はある意味酷いものなのですが、カワセミの色の美しさにおもわず見とれてしまいます。





そんな池も写真のようになるまでに、やはり8年近くの時間がかかっています。
当初は水の入れ替えが上手くいかずに少し濁ったり、藻類の発生に悩まされたりしていましたが水中ポンプを活用してなんとか周囲の景色が映り込むまでに回復してくれました。

あとは浚渫や、生態系の回復などの課題が多く残っていますが、建物の改修と庭園の復元が最優先課題なのでどうしても後回しになりそうです。こういう個人管理の庭は資金不足がついて回ることながら、やはり難儀なことと言えます。


それでもまぁ、事業が進むにつれて辛さよりも嬉しさが増すのでしょう。多分。
出来ればこれらの事業のために、現在行なっている「特別解説付き案内」に多くの方が来ていただければ嬉しいのですが。


私、橋本眞次が入口から出口まで御説明と御案内をしています。入館料+αのαは改修・復元の御志納という事です。
通常非公開の持仏堂開帳ももれなく行なっておりますので、いつでもお申し込み下さい。



気がつけば宣伝になっている訳ですが、本当に池の存在というのは大事なのです。
来年からは部分的に浚渫をして、ホタルの復活に励みたいと考えています。

またその時にはお知らせを致しますね。





  


Posted by ハシモトシンジ at 01:08Comments(0)

2012年08月09日

やるか、やらないか。

今日は結構気温も低めで、昨日とかのように風が吹いていて体感温度が低いとかではない、涼しい過ごしやすい一日です。
夕暮れからまたヒンヤリとした気温になることを少し期待しています。空調も身体に合わないので出来れば消したいですからね。


そんな環境でしたから、先日から留守が多く気になっていた庭のアチコチを剪定バサミと箒を携えて闊歩していました。
多分来館者は少ないであろうという見込みで出たのですが、一時に固まって数名の方が訪れて下さいました。



まぁそこで色々と庭や関雪の事を話すのですが、話の流れで「ところで関雪の子孫は今何をされているのでしょうか?」みたいな感じになることがままあり、「今、あなたと話していますよ」みたいな返事をすると「えッ?」という顔をされてしまいます。

その方曰く「こんな邸に居た画家の子孫が、まさか庭を掃除しているなんて」と思ったそうですが、それは何というか先入観ってものなんじゃあないかと思います。別に公家や貴族じゃああるまいし、家の庭くらいは京都の方達は自分でやってますよ。



この庭の事にしてもそうだし、運営のことも他のことも結構思うのは「会社病」みたいなものなのではないかという事です。

会社や企業というものは、結構役割分担がハッキリしていて机上で言えば「効率の良いシステム」が作られている事が多いです。実際はというと、結局「挿げ替え可能なシステム」であって他の誰かがそこに居ても大勢に支障のないように作ってあるだけなんですけどね。だから社内ニートと呼ばれるような出勤しながらも連絡を取らない、仕事を受け持たない、能力の向上に努めない。そんな人が現れるんです。




この会社病の一番マズいところは、「仕事」を「人生」の一部と考えていないことだと思います。
バイト感覚で仕事中はあまり物を考えないように、心を殺しながら退社時間を待つ。そんな毎日を送る人もいるのでしょう。

でも、よく考えれば会社に居て仕事中だろうが、なんだろうが時間は等しく残酷に進み続けていくもの。
その間に成長を止めた人は仕事をしていた時間分成長していないし、適当にこなしていた人はその時間分だけ手抜きの人生を歩んでしまったということになってしまいます。




だから「仕事をする・しない」ではなく、「自分の人生を懸命に生きている・いない」と考えたほうが良いのだと思います。
仕事中を「自分の好きなこと、思うことが出来ない時間」なんて考えている人は、単なる現実逃避しているだけなんじゃあないでしょうか。

だから、最後に後悔しないよう。いつでも納得の行くよう。毎日汗かいて走り回るって訳ですよ。
これって何か悪いこと? You're doing, or not doing? 非常にシンプルな問題だと思うのですが。







  


Posted by ハシモトシンジ at 16:59Comments(0)【勤務日誌】

2012年08月07日

エアギターって?

仙台でエアギターの日本大会が開催されたというニュースを見ました。

仙台でエアギター日本大会
被災地の心の復興を応援:京都新聞




被災した仙台を盛り上げよう! ということでの仙台開催かとは思いますが、この日本大会で優勝したのが京都府向日市の男性だからということで、多分京都新聞が取り上げているのでしょう。今月の22日からフィンランドでさらに世界大会が催されるようです。

大いに盛り上がると良いですね。







良いのですけど、やっぱりシックリ来ない。だってエアギターって弾いてないですよね?
ギターを持っていない、引いていないという様式美の中でパフォーマンスを行い、観客を盛り上げる技術を披露する大会と思えば良いのでしょうけど・・じゃあ、普通にMCとかで良いじゃないですか。

ファンキーモンキーベイビーズの後ろの人だって、ライブやPVとかだと何してるかサッパリですが彼が一番目立ってますよ。




エアギターを例えば、エアボーカルとか置き換えてみると口パクになるし、エアドラムだとかエアサックスなんていうのも知らないだけであるのかも知れません。

ただ思うのは、キチンと修練して弾ける人が表現の一つとしてエアギターをやるのならそれは立派な表現芸術であると言えますが、もし仮に「オレ楽器弾けないんだよね」というMCノリの人がエアギターをやっているのだとしたら・・。

それはギターに自分のアイデンティティを持つ全ての人にとって、それは許しがたい事なのじゃあないかと要らぬ心配をしてしまいます。



まぁ、それはそれとして優勝おめでとうございます。
世界大会でもご活躍されることを祈念しつつ、エアギターとは何なのかという事を一度実地で見学する機会を作ってみたいと思います。


  


Posted by ハシモトシンジ at 00:34Comments(0)【勤務日誌】

2012年08月04日

再び芽吹く杉苔

あれは確か10年ほど前のことでした。


その頃はまだ、こんなに良い庭なんだから沢山の人に来て貰ってもっと知って貰いたい・・などという若い事を考えていました。
あの時の自分は知らなかったのです。人というのは自分の目線に存在する物以外はさほど気にしていない、と云う事を。



そして愚かしい手段に出てしまいました。
メディアによる庭園の宣伝です。その結果、開けてから閉館までおそろしく沢山の人が来ました。
その時は素直に喜んでいました。なんせ普段はあまり人が来ないことが常態化していましたから、いきなり桁が3つも上がれば若い自分は喜んでしまうでしょう。

「よし、これで建物や庭の一部を修復できるかもしれない」なんて思っていたのかもしれません。




そして、一通りの嵐のような数カ月が過ぎて久しぶりに庭をゆっくりと見回った時に・・異変に気づきました。


あれだけ苔むしていた庭が・・まるで荒地のようになっている・・?

それだけではない、茶室の障子もあちらこちら破れているし、綺麗に整列していた羅漢さんがチグハグになっている。
最初は理由があまり分かりませんでした。なので頻繁に観察しに庭に赴くとすぐにその理由が解りました。


苔は遠慮なく踏みにじられ、障子は外から無理やり開けるのに指で破られ、羅漢さんはなんと踏み台がわりにされていたのです。
もちろん彼らの手にはカメラがありました。それ以来、カメラを持った人間の良識には一切期待をしなくなりました。

それ以外の人々も、人目がなければ好きに振る舞う傾向がよく見られることから現在考えているの「公開制限」の方向へ進むハラが決まりました。何も理由なく独占したい訳ではなく、庭を保全するための最低限の防御策としての対応なのです。



・・と、過去の話はここまでとして、それ以来通行制限を敷いて手入れを続けてきた場所にようやく杉苔が戻って来ました。








他にも数カ所、踏み荒らされ荒廃した場所に杉苔のコロニーが戻りつつあります。
この場所は紅葉の盛りの頃に集団で撮影が行われた結果、杉苔の山がわずか半月あまりで消滅した場所です。
回復までに10年。それに費やした労力は計り知れません。


これから公開制限を設け、人の入る時期や範囲を狭めていくにつれて苔はその勢力を増していくことでしょう。
苔一つ生えない庭、柵だらけの迷路のような庭の景色を誰が求めているのか?
求めているのは美しく苔むした輝くような庭の景色ではないのか?



まだ少しばかりの時間はかかりますが、その状況を迎えないことには実際にその景色を見ることが出来ないわけですから、公開制限の是非はまた10年経ってから聞くことにしましょう。

きっと訪れた全ての人が幸せな気分になれるような、そんな庭が10年後には再び現れているはずです。

  


Posted by ハシモトシンジ at 23:28Comments(0)【勤務日誌】

2012年08月03日

京都登文会のWebページが出来ました



かねてより作成を試みていた「京都登文会(京都府国登録文化財所有者の会)」のWebページとFacebookページを公開しました。

京都登文会Web 「京の国登録文化財Web版」


以前は各文化財からのデータが思うように集まらず、一旦作ったものの内容が伴わずに放置していましたが文化財紹介冊子の発行により、各所有者の提供情報、写真データが幾つか揃ったので無事に出来上がりました。

2、3日で仕上げたものなので作り込めていませんが、最低限の情報だけならばここで拾うことができます。



他の詳細なデータはやはり文化財紹介冊子、「京の国登録文化財」を買って頂かないといけませんので割愛しました。

大阪登文会に続いて、京都登文会もようやく冊子作成にこぎつけました。
しかし作っただけではいけないのですよね。活動が内輪で終わってしまわないように、広がりをもって楽しく続かないと。


各文化財の所有者も世代交代が始まる頃合いではないかと思いますが、それぞれが結構な地力を持って各分野で活躍されているのであまりこういった部分での交流を促そうという姿勢はないのですよね。


個人主義と言えばまぁそうなんですけど、できればみんなが良い方向に進んで貰いたいですから。
そんな意味もあって頑張って作りましたので見て下さい。



  


Posted by ハシモトシンジ at 22:42Comments(0)【勤務日誌】