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Posted by 京つう運営事務局 at

2012年07月28日

NOANOA ランチ&ディナーオーダーバイキング



レストランNOANOAにて夏季恒例のランチとディナーのオーダーバイキングが7/28(土)からスタートしました。


【ランチバイキング】
制限時間60分 大人 ¥2500 小学生 ¥1250
受付時間 11:00から14:00まで(14:00スタートの方は15:00まで食事OK)

【ディナーバイキング】
制限時間90分 大人 ¥3200 小学生 ¥1600
受付時間 17:30から21:00まで(スタート時間関わらず21:00にて終了)


☆メニュー内のお好きな料理を時間内に何品でもオーダーして頂けます。
 (お持ち帰りは不可。出来るだけ食べ残しのない量でのご注文をお願い致します。)

 グループでのご注文は、全員オーダーバイキングでのみ承ります。
 (3名中1名のみのご注文や、お子様のみ単品注文などは不可)


【オーダーバイキングメニュー】

・冷製料理
 ☆鮮魚のカルパッチョ ☆サラダカプレーゼ    ☆海の幸のサラダ
 ☆京赤地鶏のごま風味 ☆豚トロの自家製スモーク ☆シーザーサラダ
 ☆イタリア産サラミ・ハム盛合せ ☆本日の冷たいポタージュ

・温製料理
 ☆自家製オイルサーディンの香草パン粉焼き ☆ムール貝のワイン蒸し
 ☆フライドポテト ☆ガーリックトースト ☆バゲット
 ☆ハンバーグのモッツレラチーズ焼き ☆鮮魚のソテータプナードソース
 ☆有頭海老のスパイシーソルト焼き ☆鴨のグリエ・ガストリックソース
 ☆ビーフステーキ 赤タマネギのビネグレット ☆ボイルドウィンナー

・パスタ
 ☆スパゲッティ・ボロネーゼ ☆タラコのスパゲッティ
 ☆青じそ、キノコ、ベーコンの和風スパゲッティ
 ☆スパゲッティ・カルボナーラ ☆茄子とトマトソースのスパゲッティ

・ピッツァ
 ☆ベーコン・ピッツァ ☆ピッツァ・マルゲリータ ☆ミックス・ピッツァ
 ☆ピッツァ・ブルーチーズ ☆ピッツァ・アンチョビ

・デザート
 ☆ケーキ、シャーベット、アイスクリームなど(日替わりにて)



☆4名以上のご来店の場合には、できるだけ席予約をお願い致します。
☆詳しくはレストランNOANOA 075-771-4010までお問い合わせ下さい。

  


Posted by ハシモトシンジ at 12:28Comments(0)【催事情報】

2012年07月26日

天然の鰻が消える日

明日は土用の丑の日だとかで、道々のずいしに「土用丑の日」と幟や、貼り紙を見る事ができます。


平賀源内が〜みたいな話は、今ではもう知られていますが、かといって土用ともなれば罪も無い鰻達は、江戸の無残絵よろしく次々にかっさばかれて焼かれて行く訳です。



何故に日本人はこんなに鰻を欲するのか?

カルマと言えばそれまでの話。人は世界にある他の生命を、我が糧として生き永らえる存在です。



しかし、そうではない。何故かと問われれば、頭で食べるからだと思います。

何故に鰻か。それは鰻が高級品だったから。鯛もそう。鮑も伊勢海老もそう。鮎だってそう。みんな美味しいからと言うよりは、高級品だから時候だからとそれらを食べるのです。




味覚で言えば時期外れの鰻や鱧を、時候だからと高い値段で食べる事に意味はあるのか?

たまにそう思います。思いますが、長い間に世代間レベルで刻まれた食生活は、中々簡単には変わらないもの。




しかしながら、天然・・つまり自然界に居る鰻の数が危機に瀕しているとなれば、多少の節制はしないといけないのではないかと考えます。

養殖のメドが付いたから「やれやれ、これで安心して鰻を食べる事ができるね」とかそういう話ではなく。




鰻は人間にとっては、数ある食品の一つかもしれません。しかし、自然界にとって品種は数あれど鰻は鰻しかいない訳です。



金になるから、美味いから、食べたいからと取り尽くすってのは数百年前からやる事が進歩してないじゃないですか。


ここは一つ、我慢を覚えてしばらく鰻を避けてはどうでしょうか。

買わなきゃ乱獲も、密輸も行われないって話です。どうでしょう。





  

Posted by ハシモトシンジ at 15:01Comments(0)【勤務日誌】

2012年07月22日

モナ・リザの遺体を発見か

イタリアで発掘チームがレオナルド・ダ・ヴィンチの描いた名作「モナ・リザ」のモデルとなったエリザベッタ・デル・ジョコンダの遺体を発掘したというニュースが流れました。

なんでも肉付けをしてこの遺体の人が、モデルとなったその人であったかどうかを検証するとかしないとか。



・・・祟られるよ? それ以前に女性のすっぴんを世界公開とかしちゃあイカンでしょ。
知的好奇心旺盛なのは結構なのですが、墓暴きしてまでというのもなんだかなぁ。

こういう経緯に至ったのは、コスタンツァ・ダヴァロス やイサベラ・ダラゴーナ、またイザベラ・デステなどの複数のモデル候補が挙げられている事によるものなんだと思うのですがやっぱり墓暴きは無いなぁ。



名作とは作品そのものが持つ魅力に加えて、その作品に付くバックストーリーによって生み出される概念です。
「モナ・リザ」に関して言えば、不明な点が多いからこそ論議も多く交わされミステリアスな女性の姿に人々の興味が惹きつけられた部分があることでしょう。

それが全部とは言わないまでも「こういう事なんですよ」と明らかな事実が次々と提示されていけばどうなるか?



とかく人というのは異性の謎の部分、ミステリアスな魅力に弱いもの。
情報が齎されば齎されるほどに醒めていく事でしょう。恋人同士がお互いの興味を満たした後に恋の終わりを知るように。


「知れば知るほど好きになる」という例も無くはないですけど、偶像的に愛されている存在にとってはその可能性は薄いでしょう。
ここは一つ「永遠の美女」を永遠とするべく、復元写真の一般公開という野暮なことはヤメにして結果だけを伝えることにしませんか?



男にとって女性という存在はミステリアスであるべきなんだと思うんですけど、研究者っていうのは野暮天さんが多いから無理かなぁ。



  


Posted by ハシモトシンジ at 10:40Comments(0)【勤務日誌】

2012年07月21日

地に種が落ちるとき

最近になり日本文化は素晴らしいとか、もっとこの古い物を大事にしないととか言うことをよく聞く。
こんな当たり前のことを、わざわざ声を大にしていう必要があるのかとも思ったりする。

そういう風に言ってる人達は何かしらの好景気の折に見事に踊って、現在は何かに落ち着いた体の場合が多いように見えてしまう。
以前には「海外に出ろ」「株をやれ」「グローバルの時代なんだから」と周囲に喧しいくらいに言われていた時期、あれは平成で言えば9年くらいか。



今となってはそういう人の言葉を一蹴した自分の判断は間違っていなかったと思う。
正直な話、行動理念に根っこがないのだ。資格も能力も経歴も借り物のように空虚で、心に響かない薄っぺらいような印象を受けてしまう。

結局は主観の殻から全く芽も出ていない、そんな存在なんだと思う。



ここで殻と言うのは、「よくよくあなた方に言っておく。一粒の麦が地に落ちて死ななければ、それはただ一粒のままである。しかしもし死んだなら、豊かに実を結ぶようになる。」という言葉による。ご存知のように聖書の言葉だ。

個人的にはキリスト教を信仰する気は無いのだけれど、途中で付け足された要らぬ文言を無視すれば聖書の言葉というのは宗教ではなく道徳であると知れる。その普遍的な教訓の部分が結構好きなのだ。




この場合の「死ななければ」「死ねば」というのは文字通りの生物的な死ではなく、精神的な「主観からの脱却」なんだと思う。
葉隠にある「武士道とは死ぬことと見つけたり」の「死ぬ」も同じ意味なんだと思う。


言い換えればこうだ。

「もしあなたが自分だけに凝り固まっているようなら、あなたの行動や人生は虚しいものとなる。しかし、もっと周囲に他人に目を向けて自分を必要としてもらえるようにすれば、あなたの人生は意味のあるものとなりきっと成功するだろう。」




主観の殻を破るのは非常に難しい。もし客観的に見えていると思っても、それは客観に基づいた主観なのかもしれない。
しかし、誤魔化しや嘘や方便、そして小利口に立ち回ろうとする保身を前提としなければ直にそれはおぼつくようになる。
誤魔化しや嘘があるから、それを欺きと見られないように立ちまわる。小利口に立ち回ろうとするから、損得にしか目が行かなくなる。



誰しもがそういう強さを持っているわけではないのは承知ながら、そういう事を心がけることが強さなのかもしれないよねと敢えて言ってみる。強さとは決して人を欺いたり害したり出来る事ではない。それは卑怯と言う。





殻の存在に気づけばいつだって殻は破ることが出来る。
周囲の存在と自分自身の現実を受け入れれば、おのずと答えは出る。

人の立場の、国籍の、性別の、年齢の如何を問わず、本来人のあるべき姿はそういうものだと思っている。
  


Posted by ハシモトシンジ at 21:51Comments(0)【勤務日誌】

2012年07月19日

夏季展示 「江戸硝子かんざしと関雪の草稿」



白沙村荘 橋本関雪記念館夏季展示

江戸硝子かんざしと関雪の草稿

2012年7月7日(土)から9月9日まで開催中。





橋本関雪の孫にあたる橋本歸一(ハシモトキイチ)は、祖父の遺した白沙村荘という大きな文化財を白沙村荘 橋本関雪記念館という形にして現在に遺した功績者です。その名前は関雪が自ら名付けており、仏法の「万法歸一」から由来しています。

三代唯一の男子として生まれた彼は京都大学で美学を学んでいた途中、父 節哉の死去により若干20代で白沙村荘の保存公開事業に携わることとなります。その間にも彼は明治や大正などの近代を対象とした工芸や建築の研究を行なっていました。彼の蒐集していた研究資料は主にガラス工芸にその領域を広げ、江戸期から明治・大正期の1000点を超えるガラスコレクションが形成されました。


2012年度の白沙村荘の夏の展示では、歸一の13回忌に合わせまして所蔵の江戸硝子かんざしとガラス工芸品の一部を展示致します。総数800本以上を数える中から飾りかんざしや色かんざし、鼈甲紛いかんざしなど200点を選び展示しています。涼し気な色とりどりの硝子かんざしをご堪能下さい。

※橋本歸一の命日であります9月9日には、13:00から15:00までの時間帯にて、白沙村荘内持仏堂に収められております木彫戴金地蔵尊立像、聖徳太子童形像、迦楼羅王像(いずれも鎌倉期)が開帳されます。





  


Posted by ハシモトシンジ at 13:49Comments(1)【催事情報】

2012年07月17日

郭巨山にちなんで




今年の祇園祭の一番くじが「郭巨山」でありましたので、それにちなんで橋本関雪の「郭巨」をご紹介。
これは古代中国の二十四孝と呼ばれる考を尽くした人物を題材とした作品で、3幅対となっています。

描写の方式が西洋の宗教画を彷彿とさせる雰囲気を持ち、左に郭巨。右に幼子を抱いたその妻。
そして中央に土中から出た金の釜が描かれています。



と言ってもストーリーを知らないとさっぱりわからないので、一応解説をしておきます。



郭巨図 大正8(1919)年 橋本関雪筆


郭巨(カクキョ)は二十四孝の一人。貧しい暮らしながら、母に母子の孝養を尽くしたことで知られている。

郭巨の妻に子供が産まれ、3歳になった頃に郭巨の母は孫を可愛がり、自分の少ない食事を分け与えていた。母を心配した郭巨が妻に「母が食事を孫に分けているが、我が家は貧しく十分な量の食事がとれていない。このままではとても無理だ。もし夫婦であれば子供はまた授かるだろうが、母親は二度と授からない。ここはこの子を埋めて母を養うことにしよう」と言った。

妻は悲嘆に暮れたが、夫の命には従う他なく、3歳の子を連れて埋めに行く。郭巨が涙を流しながら地面を少し掘ると、黄金の釜が出て、その釜に文字が書いてあった。「孝行な郭巨に天からこれを与える。他人は盗ってはいけない」。

郭巨と妻は黄金の釜を頂き喜び、子供と一緒に家に帰ってさらに母に孝行を尽くした。





とても良い話です。孝行には色々種類がありますが、今も昔も母親に尽くす事が最上とされています。
儒教的な思想ではありますが、普遍的な母と子の愛情について説いているのだと思います。

でも父親も大事にしましょうね。(と一応言っておきます)


  


Posted by ハシモトシンジ at 22:33Comments(0)【橋本関雪】

2012年07月16日

那智の滝を登る人々

何やら那智の滝を登った方々がいるそうで。厳密には那智の滝のある岸壁なのかもしれませんが。


何を考えて登ったのか?

「そこに滝があったから」なのかと思いきや、「日本一に挑戦したかった」との事。



仮に登頂に成功しても、ちゃんと手順も踏めない高い所好きな兄ちゃんを、誰が褒め称えるのか。

取り巻きさんと缶ビールでも飲みながら、「○○さん、スゲーッす」とか盛り上がるのか。




最近人の事をあれこれ書いて怒られたばかりですが、敢えて言おう「底なしの馬鹿である」と。


山や岸壁を登る所謂クライマーさん達は、登るべき場所にもっと敬意を持っていると勝手ながら思っていましたが違うのか。



多分滝は自然物だから、登っても大丈Vとか思ったのか。ダメダメ。国の名勝指定を差し引いても、一応御神体なんだからダメに決まっているでしょう。

敬意はその対象と、それを弛まず守り続ける人々に向ける物です。



そんな事も解らずに登る30代。
世界的にも著名らしいので、日本のクライマーがイマイチだと思われると他の方にも大迷惑。

先日日本人初の登頂記録が華々しく報じられた後のこの顛末ですから、これまた落差が凄まじい。




とりあえず日本一不名誉な登山家として認識されてますので、後は単なるお山の大将にならないように最低限の礼節と常識を学んで下さい。

まずは熊野那智大社の皆さんにお詫びをする事から始めましょうか。、
  

Posted by ハシモトシンジ at 20:19Comments(0)【勤務日誌】

2012年07月11日

ノアノアとはしもとのWebがリニューアルしました

本日から白沙村荘の洋食「レストランNOANOA」と、和食「お食事どころはしもと」のWebが全面リニューアル致しました。


レストランNOANOAは、白沙村荘の洋館を白沙村荘 橋本関雪記念館として開館時にレストランにしたもの。

創業からかれこれ42年ほど経っている京都イタリアンの草分け。



お食事どころはしもとは、まだ10年少々ながら白沙村荘での京会席や、大津の月心寺での精進料理などを担当するなど最近幅広く活動しています。



またご覧頂きまして、御予約はもとよりお気づきの点があればお知らせ頂ければ幸いです。



レストランNOANOAWeb
http://www.hakusasonso.jp/restaurant/noanoa

お食事どころはしもとWeb
http://www.hakusasonso.jp/restaurant/hashimoto  


Posted by ハシモトシンジ at 18:49Comments(1)【勤務日誌】

2012年07月08日

子供の教育 大人の意識

例えば子供が居たとして、何かの拍子にガラスを割ってしまったとします。
多分その際にその子はこういうでしょう。


「ガラスが割れた」と。




しかし正確に言えば、この場合「割れた」のではなく「割った」が正しいはずなのです。
子供は罪の意識なく自己を正当化します。大人がそれを指摘していかないと、彼らのシナプスには「上手く言い逃れる」という行動が刻まれていきます。周囲にいる大人がもし子供と同様の場合には、同じように行動するように学習して段々と歯止めが効かなくなってきます。



「いじめ」は「遊び」に。「手下」は「仲間」に。「殺した」は「死んだ」にに都合よく変換されていきます。
今回騒ぎになっている大津の件ではいじめによる自殺とされていますが、伝聞の中ながら不可解な点も多いので今後想像を超えた展開があるかもしれません。しかし事実としては「精神的および肉体的な暴力に晒された少年が結果死に至った」ことは間違いのないこと。



しかもそういう内容で転校した少年2人は何と京都の中学校にいるという話です。
少年たちの両親は「私達こそ被害者」と仰っているみたいですが、実際にそういう話で自分の子供のいる中学校にその少年が来たら・・どうなんでしょうか。

結構近くにある学校なので心配しています。



この事件の顛末は一体どうなっていくのか。これは「大人」と「子供」が現在置かれている社会的関係の異常性を顕著に示す事例となるようなそんな気がします。関係者は決して火消しに回らずに、逃げずに根本的な解決へと向かって下さい。

少年たちは事の仔細は取り敢えず置いておいて、自分の中にある実際に起こった真実をもう一度思い起こして下さい。
その中で本当に実際あったことと、現在噂されている内容が全く違うのならそれを堂々と皆の前で述べて欲しいと思います。



兎にも角にも子供は大人のひな形。子供が問題を起こすっていうのは、近くにいる大人が間違っているということなんです。
それをよく考えて行かないとこの問題や、同じような問題は延々と起き続けるのでしょう。


  


Posted by ハシモトシンジ at 22:17Comments(0)【勤務日誌】

2012年07月05日

ヒッグス粒子の検出

ヒッグス粒子が確認されたとの事で、朝からニュースが賑わっています。


「神の粒子、発見か」と華々しく報道されるのでしょうが、この名前の由来がgoddmn particleつまり「くそったれな粒子」だと知らないと、なんだか凄い物みたいに思えます。中々見つからないので報告者が悪態を論文に書き込んで、修正されたのがgod particle「神の粒子」って話です。正式にはやはりhiggs particleなんでしょうけど。


この粒子は物質に質量を齎す素粒子云々という話ですが、無知ながら質量を齎すのではなくて露わにするのではないかと思うのです。
つまり物質に質量を不可するのではなく、元々ある質量を計測可能な状態にするのかな? と考える訳です。
高速で運動=測定不可能=質量がない状態って理屈があってこその不可思議な話なんじゃないのかと勘ぐっているわけですよ。

この辺はやはり門外漢なので詳しい人がいたら教えて下さい。西川君とか。



しかし過去に言われていた「エーテル」に関しても、先日のニュートリノにしても考え違いや理論の根本違いなどはあるはずです。
理論ありきで物質を求めるというのは理にかなっているようでいて、実は結果を追い求めているがゆえに何かを見落としてしまうこともままある訳で。でなければ机上の空論という言葉も存在しないはずなのです。頻繁に起こることだから言葉が生まれたのです。

なので理論に対応する何かが発見できたから、ではなくそれを発見してから再度理論を検証しなおす際が一番の山である筈なのですよね。


今回発見されたものにもし何かしら結果に違いがあれば、その時はまたしてもgoddmn particleと呼ばれる事になるんでしょう。
研究者の皆さん、頑張って下さいね。
  


Posted by ハシモトシンジ at 11:54Comments(0)【勤務日誌】

2012年07月03日

15年前

今日も朝からシトシトと結構な量の雨が降り続いています。
昨日が真夏日だったので変な感じですが、それなりに降ってもらわないと庭の苔が心配なのです。
彼らは水が無いと休眠に入りますからね。適度な日当たりと、適度な水分が必要なのです。


露を含んで光る苔たちを見ていると、15年前はひどい状態だったなぁと改めて思います。

上には落ち葉の山があり、日光も当たらずに蒸されていた苔は黄色がかった茶色となっていて、ドンドンとその生息範囲を縮めていました。
もちろんそうではない場所もあったので、そこから間引いてはハゲてしまっている場所に移植して池の水を毎日やって・・。



池もそういえば濁っていることが多かったので、底ざらえをしてから表面の油膜を除去してポンプを使ってオーバーフロウさせたりしました。現在は苔も池もそれなりに良好な状態ではありますが、一時は心配の種であったわけです。
要らない事をする大工もいましたしね。池の底抜いちゃったり配管をツブして水を枯らしたり。広瀬さんや馬場くんは今も元気に手抜き工事してるのかな。酷い腕前だから仕事ないかもしれないけど。




そんな風にこの15年が過ぎたわけですが・・実は最初に呼び戻されたのは、新美術館建造の爲であったはずなのですよね。
最初の1年の半分をヨーロッパで過ごしたのも「海外の美術を見てこい」という父の命によるものでしたし、自分もそのつもりで動いていたはずなのですけど。知らない間に本来の道だった寺男の顔がムクリムクリと起き上がったのか、庭仕事に随分時間を費やしてしまいました。


そろそろそんな事も出来にくい環境になっているので、誰かヤル気のある若い庭をやる人がいないでしょうかね?
このままでは本末転倒になりそうだな、と思う反面庭に出るのが楽しい自分がいたりもします。困ったものです。




そうこうしているうちに今年は父の13回忌となってしまいました。

一応命じられた全体の改修と、新美術館の建設は形になりそうなのでホッとしています。
言われたことくらいは最低限やっておかないといけませんからね。


こんな風に雨の降る日には、雨男だった彼のことがよく思い出されてしまいます。


  


Posted by ハシモトシンジ at 16:28Comments(0)【勤務日誌】

2012年07月01日

白沙村荘のこれから

シトシトと雨がふる日曜日。今日は特別解説付きの庭園御案内が5名訪れました。
この案内の試みは来年から予定している白沙村荘の一般公開を、申込み制に移行するテストとして行なっているものです。

今までは随時開けていて、受付に来れば見学が出来た状態でしたがこの在り方を少し見なおそうという事なのです。



理由は幾つかありますが、まず一番大きな理由としては保存が主題となるこういった文化財の中に、多くの人が入ることは好ましくないという事。これはマナーの悪い方の存在がどうしても排除できないので、「庭に入る」事自体を制限しなければいずれは大きな問題を引き起こすだろうという考えです。

実際に建具の破損や、最近では石造美術などに詳しくない方が灯籠を倒したり、または凝灰岩を削ったりというトラブルも起こりつつあります。





こういう話をしていると「じゃあ◯◯しないで下さいと、立て札でもしとかないと分からないだろう」という意見が出ます。
しかし「◯◯しないで下さい」と言わないといけないような人が、大事な場所に入ってしまう事自体が問題でもあります。
曰く「苔を踏まないで下さい」「庭石に座らないで下さい」「灯籠を押さないで下さい」「掛け雨戸を勝手に外さないで下さい」「結界をまたいで通行しないで下さい」「屏風を勝手に移動して裏に回らないで下さい」なんていう具合の注意書きがそこらかしこにある場所に美しさを誰が感じるのでしょうか。


白沙村荘がこれから向かうのは、やはり橋本関雪という文化人が造った「美的空間」を遺すという方向であり、保存維持のために人をボンボン入れ込んで小銭を稼ぐ施設に向かう訳ではないと考えています。




この10数年、訪れる人達と言葉を交わしつつ、または様子を眺めながら考えた結果・・やはり訪れる人全てが庭を歩くことは、庭自体の為にならないと結論が出ました。

全く閉ざしてしまうということは考えていませんが、来年の春を過ぎた頃から公開の形態は大きく変わることとなります。



改修も同時に進みつつ、庭の公開を制限しながらでも保存維持が十分に行えるよう。
この空間が多くの人達を魅了する、素晴らしい場所となるように色々と考えることやしなければいけないことは山積しています。






より良くなれば、実際にその状況を見れば反対していた皆も「なるほど」と頷いてくれる事でしょう。
まずは来年度、とある建物の完成を待って白沙村荘は大きく動きを変えていきます。


  


Posted by ハシモトシンジ at 14:04Comments(0)【勤務日誌】