京つう

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Posted by 京つう運営事務局 at

2012年05月30日

今日の庭の花 2012/05/30

今日も用事の合間をぬっての庭歩き。


花も盛りを過ぎて、実が成り始めていますねぇ。


サンキライの実。綺麗な感じで染まり始めています。



タチフジ。今年は綺麗な感じで大きく咲いています。



白いカノコソウも発見。・・っていうか場所がなんで移動しているのか。



そしてこれがサンキライの芽。なんかカマキリっぽいですよね。
初めて見ましたが面白い形です。



毎日のように表情を変える庭。ホントに見飽きないですねぇ。
  


Posted by ハシモトシンジ at 16:26Comments(0)【勤務日誌】

2012年05月27日

今日の花 勤務日誌 2012/05/27

手伝い始めた頃には全く知らなかった花の名前も、15年あまりも庭にいれば自然と覚えてきます。


最初の頃は花が咲く度に写真にとっては図鑑を調べたり人に聞いたり。
興味があるなしではなく、結構種類が多いので覚えきれないっていうのが実情です。
山野草まで全て含めると何種類あるのか・・。


考えようによっては難儀なこの花達も、やはり開花するとなんだかジイッと見てしまうようなそんな美しさがあります。
小さな、小さな可愛い花の咲く和花がやはり一番好きで、あとは白か青の花が好き。ハスとかキキョウみたいな。



でも目立つのはやっぱり赤系ですから、受付周辺には赤い色の花がたくさん置かれています。



カノコソウも綺麗に咲いて来ましたね。
白沙村荘では名前の関係で白い花を重宝します。ですから庭園の奥には白いカノコソウもあります。
漢字で書くと鹿子草、バンビちゃんの背中の模様みたいな可愛い花が咲き乱れます。





・・コレは分からない。知らない場合は知らないと言わないとね。
よろしければ誰か教えてください。山野草なんだとは思うのですが。




こんな調子で今現在も知らない花がいつの間にか増えているのです。
でもまぁ、綺麗ですよね。どの花も。




  


Posted by ハシモトシンジ at 15:32Comments(0)【勤務日誌】

2012年05月25日

ヤーヤーヤー

以前から話だけは立ち上がっていた橋本関雪展の具体的な日程が、先日開催館からお知らせされました。


ひとまずは安心。本当に開催がされるのか、非常に不安でしたからね。
10年ほど前の京都国立近代美術館で予定されていた橋本関雪展の際には、朝日新聞社の意向により中止になりましたから。


そして即日、朝日新聞を解約したわけです。そんな経緯がありましたからね。




さておき、先ずは来るべき日に備えて資料まとめを頑張ります。

続報をお楽しみに。  

Posted by ハシモトシンジ at 16:21Comments(0)【催事情報】

2012年05月24日

達磨の話

「達磨」と言っても、いわゆる達磨大師についてのアレコレと言うわけではありません。

神戸市に飛騨高山の料理や焼き鳥などを提供する「達磨」というお店があります。
そこは随分以前に神戸で務めている義兄が「その店のマッチ、関雪さんの達磨やったで」と教えてくれた店なのです。





そのお店はホっと出来るような気の良い感じの作りで、その話を聞いて案内して頂いた時もゆっくりとさせて頂きました。
そして訪れた際にマッチの話を聞いていたようで、わざわざ奥に関雪の達磨を掛けて待っていて下さったのでした。

その後それをご縁として、その達磨は白沙村荘にやって来ました。
現在は少し傷んでいたので表具直しに出していますが、じきに展示にも出されることでしょう。



今日、なぜこのような内容の事を書いているのかと言いますと、そのお店がもっと賑やかになるようにという意味も込めて関雪のファンの方や神戸市お近くの方にお願いとして書いています。

関雪の達磨を掲げるこのお店が、もっと皆にも愛されるように。それはやはり関雪の結んだ縁の一つではないかと考えるのです。

お店の詳細は食べログくらいしか出て来なかったのでそれを参照して下さい。 食べログの紹介「達磨」




関雪の作品を大事に残して下さった老夫婦へ感謝の意を込めて。
何卒よろしくお願い申し上げます。

  


Posted by ハシモトシンジ at 17:15Comments(0)【勤務日誌】

2012年05月22日

庭を掃きたい気持ち

朝から色々と作業も詰まり、その合間に諸々のアポイントのある日に限って庭の落ち葉がやけに目に付く。


落ち葉だけならまだしも、今の季節には草の類も元気に伸びていて非常に落ち着かない。
さらに嫌がらせのようにハシブトガラスが最近は生ゴミでも漁っているのか、卵殻やカシワの切れっ端などを運んでは手水の辺りで朝ごはんを食べている。思わずAmazonで散弾銃の検索をかけそうになる。

・・・中古で50000円くらいか。



あぁ、掃除がしたい。気が落ち着かない。

来客待ちの20分でいいから庭を掃かせて欲しい。綺麗にしたい。






夕方に時間があればまだ良いのだけど、夕方からも来客がある。
他のメンバーが代わってこまめに掃除をしてくれればこんな風に苛々もしないのだけれど。


明日は朝から庭を掃こう。今日は諦めて明日こそは綺麗にしよう。
そしてあの憎いカラスも・・丸焼きにしてくれよう。そう誓うのでした。



  


Posted by ハシモトシンジ at 12:49Comments(0)【勤務日誌】

2012年05月13日

走井居と瑞米山月心寺

京都から大津へ向かう国道の半ば、ちょうど逢坂の関に差し掛かる手前の南側にひっそりとした雰囲気の寺があります。
石柱が立っている訳でもなく、塔がそびえているわけでもないので一見見過ごしがちですが東海道を徒歩で歩く人達にはよく知られているようです。


この場所は江戸年間には入洛者が多く集まり、走井と呼ばれる名水を囲んでいくつかの茶屋が栄えていました。
逢坂の関についての歌も沢山詠まれていて、蝉丸や松尾芭蕉、小野小町などにも所縁のある土地となっています。



この寺の名は瑞米山月心寺。元は走井居と名付けられた日本画家、橋本関雪の別邸です。
本来は走井居の西側に位置する墓所と本堂を以て月心寺とされていましたが、宗教法人移行時に両方を共に寺院として遺されました。
初代は天龍寺慈済院の村上獨譚老師。この老師については山田無文老師の「花園の思い出」に少し記載を見ることが出来ます。

私達兄弟の名前もこの老師の名付けによるもので、本来なら天龍寺で大きな立場を得るはずであった人ですが妻の遺骨を傍に置いたままの関雪に「きちんと弔ってやらねば成仏できんぞ」と言ったが為にこの月心寺の住職となった人です。


老師が従軍する直前に関雪が「では大津の別邸に墓を作るから、そこに入って住職となってくれ」と要請しました。そして獨譚老師が現地で戦没者を弔い、その後生きるか死ぬかの状況でようやく帰国を果たしたその時既に関雪は鬼籍に入っていました。その時はまだ宗教法人にはなっていなかったので、一度墓所を宝塚に移す意見もありましたが老師の「広い場所は手間がかかるから嫌じゃ」という言葉によりそのまま大津に残されたのでした。



その後、村瀬明道尼という尼僧が獨譚老師の世話役として寺に入り、老師の死後湯木貞一さんや白洲正子さんの紹介により「ほんまもんの胡麻豆腐を作る庵主」という事で有名になりました。でも確か湯木貞一さんが褒めたのは人参の煮染めだったような気がするのですが。いつの間にか胡麻豆腐を褒めたことになっていますよね。




その村瀬明道尼も昨年に引退し、瑞米山月心寺は再び橋本家の管理に戻って来ました。
実は私は元々月心寺の面倒を見るように言われていたので、ようやく本筋の事が出来るなと思っているのですが以前とは違って白沙村荘の事も行わないといけなくなりましたし、先代が精進料理で名を上げた為に精進料理を求める人も後を絶たない状況です。

幸いにして料理方は美山荘で修行の後、紫野和久傳で料理長を務めていた中村茂雄という適任者が天の采配のごとく現れましたので心配なし。村瀬明道尼に負けない実に見事な料理を作ります。


とりあえずはこの走井居に遺されている蝉丸の、松尾芭蕉の、小野小町の、明治天皇のそして逢坂の関と走井の文化遺産を、精進料理を求めてくる方達にまずはお伝えしながら橋本関雪が残そうとした世界をまた引き継いでいく事にします。





まるで情報が出ていないので、これが関雪の寺であるということも知らない人が多いのですよね。
夢枕に立たれてしまう前に祖先に孝養を尽くしてみようかとそういう話です。


  


Posted by ハシモトシンジ at 22:41Comments(0)【勤務日誌】

2012年05月07日

茶室の工事が終わってから

連休も終わり、ようやく少しは常の仕事の流れに戻れるのではないかという甘い・・実に甘い考えを起こしている今日この頃です。


この期間の連休というのは新年度の始めみたいな感じでして、明けてから急に思い出したかのように厄介な内容の事が立て続けに起こりやすいというのを私は知っています。なんせ毎年喰らっていますからねハハハ。

去年は今くらいから京の夏の旅などが挟み込まれ、工事の進捗と相まって偉くパタパタしていた気がします。
工事といっても渡り廊下の方の工事で、茶室は実際には全く工事は行われていませんでした。先方では準備をされていたようですが。



先日の茶室の再建事業に御協力頂いた方達への内覧会の際にも、「これで一安心ねぇ」と慰労してくださる方が多かったのですが実はまだ事業的には山3合目なのです。

茶室の一件は警察・消防ともに「原因不明」との結論が既に出ているようで、不明ということはまぁ人為的なアレなのだと思いますが当時の取材に来た人達が「漏電の可能性を今調べている所です」と言ったのを受けて「漏電で火災、茶室全焼」とか報じてしまったので、すっかり巷では「漏電で燃えたらしい」やら「茶室を使った不始末でやったらしい」など実しやかに囁かれているようです。
それが回りまわってこちらに聞こえてくるんですけどね。えぇ、聞こえてきます。誰が言っていたかまで聞こえてきます。やだねぇ。

実際は人為的なアレ以外の可能性は殆ど無いのですが、当時も今も色んな人から怒られています。
なんというか理不尽な事ですが、そんなに出来た人ばかりではないのだから仕方ないとも言えます。


結局、茶室の再建=必要最低限の事業となり、そこから0またはマイナススタートになってしまった訳です。
本当は茶室の改修は予定されておらず、大画室と主家(オモヤ)の改修と庭園の整備に大部分の精力を注ぐ予定だったのですが・・。




結局2010年に関雪最初の画室、懶雲洞(ランウンドウ)の改修。2011年に渡り廊下聞木犀香亭(モンモクセイコウテイ)の改修。
そして2012年に茶室、倚翠亭(イスイテイ)と憩寂庵(ケイジャクアン)の再建事業が行われました。
今からまた大画室、存古楼(ゾンコロウ)と主家瑞米山(ズイベイサン)の改修が待ち構えています。


取り敢えず2016年の白沙村荘造営100周年に向けて、工事の殆どを後3年で完了しなければならないという事だけは確実なのです。
さぁ、頑張るぞおぉ〜・・・。おぉ〜・・。 (・.・;)  


Posted by ハシモトシンジ at 20:54Comments(0)【勤務日誌】

2012年05月06日

古都に大ネズミが絶賛大繁殖中

鴨川でヌートリアが大繁殖しているようです。
FNN news


外来種の大規模な繁殖というのは今に始まったことではなく、終戦後に持ち込まれて繁殖とか飼っていたものが逃げてどうとか。
温泉地の近くの川にグッピーが沢山いるだとか、厚木の川にピラニアというのもつい先日でしたか。

とかく昔から日本では外来種の生態系における危険性を無視して「興味あるから」「可愛いから」「別に人を襲うわけでもないから」と、無分別に野外飼育を楽しむ風潮があるように思います。



琵琶湖のブラックバスやブルーギルの問題も非常に深刻な影響を齎しているのですが、バスフィッシングのためにわざわざ放流する人もいるのだとか。ルアーでもなんでも付けて放り込めば勝手に食らいつく釣戯の為に、固有の生態をガンガン破壊しているわけです。早く厳罰化するほうが良いと思うのですが、行政は深刻に受け止めている気配がありませんね。




同じような感じで京都や大阪界隈でワサワサ増えている大ネズミ、ヌートリア。よく見るとただの大きなネズミであって気持ち悪いのですが、自分に従順な感じの物言わぬ動物に愛着を感じる人というのは実際に居るわけで餌付けが進行中だとか。
野良犬、野良猫または野生動物に餌付けをすることの危険性というのは、これまた深く物事を考えない人にとっては愛玩動物に餌をやるくらいの感じなのでしょう。でもダメ、絶対。

鴨川では鳶に餌をやったり、このヌートリアに餌をやったりしている人が多いのは周知の事実。




しかしヌートリアはネズミですから、放っておけば正にネズミ算式に増えてしまいます。
2匹が4匹、4匹が8匹、16匹、32匹・・と倍々ならまだマシ。2匹が4匹、16匹、256匹、65536匹と乗算で増えていく事でしょう。
その内に鴨川から高瀬川、堀川へ範囲が広がり、明け方の繁華街ではゴミあさりをするヌートリアが出現。

言ってる間に三条大橋の界隈で陸上へ上がるヤツも現れたりして。



で、数年後に外国から来た人が「Kyotoは大っきなネズミがウロウロしてて不潔な町だったよ」と言って、初めて京都市が駆除に乗り出しにかかるとかそういう流れになるんじゃあないでしょうか。対処療法、外圧反応。行政ってそんなもんです。


あと気になるのは鳶。ちょうど餌付けが行われている出町柳近辺というのは、幼児なども集まりやすいスポット。
パン放り投げてワァワァ言ってる人達は楽しいのだと思いますが、鳶は猛禽類ですから本来は肉食です。
昔などは乳幼児が持ち去られていた事例もあるのですから、いつもの餌場に来て餌を放る人がいない場合。
近くに小さな子がいたら・・ちょっと危険な気もします。



これらはよくよく考えないといけない問題ではないでしょうか。











  


Posted by ハシモトシンジ at 11:04Comments(2)

2012年05月05日

席入りを待つ間

今日は京都国立博物館にある堪庵という茶室で、社中の先輩が釜をかけるのでリハビリがてらお手伝いに行きました。


リハビリというのは、最近そういう茶会などにしばらく顔出しをしていなかったから。

白沙村荘の茶室工事も済んだ事だから、また近いうちにその辺りの心得も入れ直さないといけない。




そんな事をつらつらと思いながら、待つ間に色々な話をする。

待つ間を短いように思えるようにと、話しかける。普段と違って、自分の名前や立ち位置を気にしなくて良いので、非常に楽しいわけです。


そうしてクルクルと席が回り、ようやく最後の席に入る。今回はやけに凝った趣旨で、陽明文庫・・つまり近衛家に因んだ飾りや道具が沢山出されて居ました。


菓子も陽明文庫の文献を参考に拵えたらしく、鮮やかな橙の菓子で味わいはやや雪餅に似ていました。美味しかったです。



最後に堪庵に入ると、手前座の雰囲気が白沙村荘の憩寂庵によく似ていて、とても驚きました。

茶や茶室などは優れた大元が在り、それを本歌として次々に派生するのでしょうから、別段似ていても不思議は無い。無いのです。



もしかしたら、関雪もこの茶室を以前に知っていたのかもしれません。
そう考えると少し嬉しくなり、この茶室が身近な物となりました。





  


Posted by ハシモトシンジ at 21:36Comments(0)【勤務日誌】