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Posted by 京つう運営事務局 at

2011年06月01日

後藤杏塢について

先日に来館された方が、山水の作品を見ながら「あなたは後藤杏塢を知っているか?」と尋ねてこられたので、とりあえずは「ハイ、関雪の弟子ですよね」と答えました。


その方は実際に面識があったようなので、あまり色々と話すことは出来なかったのですが後藤杏塢は関雪の贋作者としては著名な部類に入る画家です。しかしその辺りは非常に曖昧にされているので、現状としてどの絵がその人の手による物なのかなどは市場においては目をつむりがちになっているのが事実です。



個人的な見解で言うとおそらく「野原物」「後藤物」「奥宮物」の3種類が大きく存在しており、それぞれに得意なジャンルが違うので違う内容の作品群が混在しているような気がします。

以前は井上靖の「ある偽作家の生涯」のモデルはこの後藤杏塢であるのではないかと思い込んでいましたが、その後色々調べながら考えるにあたってどうやら野原桜州の事のようだと思い始めました。


よく「原関雪」と言われるのは、野原の原なのかもしれません。一般的にはこういう呼び方はしないのですが、画商さんがたまにそう呼ぶのは「上に橋本が付こうが後藤が付こうが関雪は関雪」という開き直りにも見えてしまします。




しかし、そのあたりの境界を把握している世代も消え始めている今、あまり放置しておくと真偽混在のまま後世に移りわからなくなってしまう可能性も非常に高いわけで。早いうちに仕分けるために材料集めと考察を重ねているのです。

後藤さんも野原さんも、画家としては天分に恵まれている人達ですから貶めるつもりはなく、ただ関雪の業績を正確に把握するためにそうである物とそうでない物を仕分ける必要があるのです。



しっかし・・ 後藤さんは山水も動物も上手いですね。知らなきゃ惑わされるわけですよ、コレは。


  


Posted by ハシモトシンジ at 23:36Comments(0)【勤務日誌】

2011年06月01日

関雪の石碑




神戸市中央区の大倉山公園内に、大きな石碑が建てられています。
側面には「遊於藝」、「橋本関雪先生之碑」と記されたこの碑は、この辺りで関雪が生まれた記念に置かれたものですが兵庫県の方に聞いてもそこにあることはあまり知られていません。

遊於藝という言葉は、論語の述而篇よりの引用で「子曰、志於道、拠於徳、依於仁、遊於藝。」の最後の部分を用いています。現在では「藝」というと技術的なもの、例えば藝能ですとか藝術と理解されますがこの場合は六芸(道徳・音楽・弓術・馬術・文学・数学)を指しています。


しかし関雪と言えば、日本画家として著名ですからこの石碑に限っては「藝術」の藝だと考えて良いのではないかと思います。


「藝の境地に遊ぶ」 この言葉は六芸や周礼を知らぬ人にも芸術家だから「藝」なのだと理解しやすく、またそれらを知る人には関雪の儒家としての側面と、六芸を士の嗜みであるという部分において関雪が持っていた矜持を窺い知ることの出来る深い言葉の選び方だと思います。



ところでその石碑のある大倉山公園にもWebがありまして、少し覗いてみますと・・大倉山公園  アレ?

全然やる気ない感じでした。見るものがほとんど無い・・。



これは知られてなくても仕方ないですなぁ。
  


Posted by ハシモトシンジ at 06:32Comments(0)【勤務日誌】