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2011年03月30日

哲学の道 桜通信 Vol.5

皆様こんにちは、3月30日の哲学の道桜通信です。


昨日までの冷え込みも過ぎ去り、緩やかな暖かさがやってきました。
その暖かさで少しは咲いたかと思い、カメラ片手に見に行きました。


こんな感じです。







結構白い部分も増え始め、いよいよ来たか!という感じです。


開花宣言は出されましたが、見頃にはあと数日を要することでしょう。
多分・・ 4月6日くらいか?



また明日もお知らせ致します。それでは。

  


Posted by ハシモトシンジ at 15:11Comments(0)【関雪桜・桜通信】

2011年03月29日

常滑市 大善院に関雪遺邸のお堂が移築

愛知県常滑市の知多四国第63番札所、知多西国第14番札所 真言宗豊山派 補陀落山観蓮寺大善院に関雪遺邸 宝塚冬花庵に在ったお堂が移築されました。






このお堂があった冬花庵(トウカアン)は、昭和の10年代頃に関雪が当時東京にいた節哉(セツヤ)や孫たちと過ごすために用意した別邸で、広さは全体で約4500坪。(山なども含めるともっと大きかったといわれています。)

多くの動物が飼われていたことから「関雪さんの動物園」と呼ばれていた場所です。



この冬花庵には浄瑠璃寺に在った3重の塔や、全て栗の材で構成された「栗御殿」なる建物なども多数あります。しかし、阪神淡路の大震災により現在は壊滅状態ということで、定期的に行われていた一般公開も今はされていません。

所有が先代の折に変わってしまったので、白沙村荘としては何とかしたいところながらなんとも手の出しようがありません。


早く県に寄贈するなりして復旧に取りかかれば良いのですが・・さて、どうなるのやら。




【大善院Web】
http://www1.ocn.ne.jp/~daizenin/
  


Posted by ハシモトシンジ at 14:15Comments(0)【勤務日誌】

2011年03月28日

哲学の道 桜通信 Vol.4

皆さんこんにちは、3月28日の桜通信です。

暖かさの増した週明けの月曜日。
とうとう一つだけですが、花が咲きました。







シダレが一つだけですが、これからますます咲き始めることでしょう。

それではまた明日。
  


Posted by ハシモトシンジ at 16:48Comments(0)【関雪桜・桜通信】

2011年03月28日

もし生命に例えるなら

古い文化財を抱えていると、何かとやる事は尽きないもの。
一人では身がもたないのは事実。しかし、それを誰かに依頼する事も資金があればという前提があってこそ。


なので、無理のない範囲で依頼をして残りは自分でやる事が一番良い方法です。



こんな当たり前の話ながら、理解はあまり得られない。
要するに何で自分でやらなきゃいけないのかと、立場を近くする辺りから反発に近い意見が出て来る。

我が身は公家でも、ましてや宮家でもないのだから自分でやるのは至極当たり前の話なんだけど。




まず、文化そして文化財という物の理解は中々にされにくい。
文化財とは、文化の副産物である事は周知の通り。

では文化とはなんだろうか。
それは決して一人の権力者が作る、豪奢な遺物ではない。

人と人が交わり生まれた、いわば化合物みたいなものだ。
それが時に純粋な輝き放つ結晶となる。もちろん不純物だらけの微妙なものが、その傍らで大量に生まれては消えて行く。



そうして生まれた文化は、一個の生命に比してみれば骨子みたいなものだ。
文化財はそれを包む肉質。それが先ずはワンセット。



でも、それだけでは生きていない。ミイラみたいなものだ。


そこに血を巡らせる。この場合の血とは人の営み。もちろん経済活動も含んでいる。よく誤解があるのはこの部分。
神か仙人でもあるまいし、糧なくして人は生きられないので頑張って働くわけですよ。


そんなこんなで、今日も頑張ります。改修資金も必要だし。  

Posted by ハシモトシンジ at 11:55Comments(0)【勤務日誌】

2011年03月26日

哲学の道 桜通信 Vol.3

皆様こんにちは、3月26日の桜通信です。

今日は朝から猛烈に吹雪いたかと思うと、カラッと晴天が顔をのぞかせたりして非常に奇妙な天気となっています。気温自体は低いので徐々にほどけてきた蕾も、また縮まるのではないかと思います。


そんな事を思いながらも見に行くと。



結構開き始めていますね。




うん、開いています。今日のこの後の日照にもよりますが、陽射しが絶え間無ければ午後にはもう少し開くのではないでしょうか。花弁だけではなく下の額まで見え始めていますから。


明日も楽しみです。それではまた。

  


Posted by ハシモトシンジ at 12:10Comments(0)【関雪桜・桜通信】

2011年03月25日

哲学の道 桜通信 Vol.2

皆さんこんにちは、3月25日の桜通信です。

今日も気温は低いものの、陽射しは非常に暖かく一層開花が進むのではないかと思います。
高辻方面からお叱りを受けたとて、今年も変わらず開花情報をお知らせ致します。




これは関雪桜の詩碑。刻された詩は「朶雲壓水一渠斜 春伴潺湲巡我家 幽人悩殺残夜夢 風々雨々不離花」
関雪が妻亡き後に桜の咲く季節のたびに甦る悲しい心を詠んだものです。




白沙村荘北門に植えられているシダレザクラ。結構赤みがかっていますが、まだ開く気配はありません。




そしてソメイヨシノ。淡い桜色の花弁が少しづつ、少しづつこぼれ始めています。



また怒られるといけないので、今日はこの辺りで。
友禅会館の辺りから怒ってる人がいるんですよね・・。怖いなぁ。
  


Posted by ハシモトシンジ at 11:55Comments(0)【関雪桜・桜通信】

2011年03月24日

光放つ

何かをする場合に、色々様々を考えて緻密に組み立てて成し遂げる。時にそんな事に憧れながら、それが決して手を伸ばせど届かぬ太陽みたいな物だと気づく時がある。


まるでイカロスのように、失墜しながらその太陽を仰ぎ見て羨みこそすれ憎む事は無い。

眩く輝き、全てを照らす太陽のように僕もなりたいと身を焦がすのだ。



太陽のような人はいる。

そしてイカロスのような人も、確かにいる訳だ。
不条理などではなく、厳然たる事実としてそれはある。





あとはそれを認めるか、認めないかの話なんだろう。
諦めの悪い僕は、今日も空に向かい翔ぶ。  

Posted by ハシモトシンジ at 23:34Comments(0)【勤務日誌】

2011年03月24日

哲学の道 桜通信 Vol.1

今年も桜の季節がやってまいりました。

震災で自粛気味なこともあり、あまり桜だ何だとやるのは憚られる事なのですが関雪夫妻がこの桜を寄贈したときの経緯がありますから敢えてやらせて頂きます。

その経緯とは、画家として大成した関雪が「お世話になった京都の人々に何か御礼がしたい」と悩み、ヨネ夫人に相談したところ夫人が「昨今、何かと世間が騒がしくなり暗い雰囲気となっています。明るくなるように花を植えてはいかがか。」と提案して、桜を植えることになったというものです。


大きな災害により、皆が暗くなってしまいがちな今だから。
せめて桜の開花を通じて僅かばかりの明るさを届けられたらと考えています。


では、今日の様子から。



油断している間に、少し開き始めています。この分だと開花宣言は27日頃でしょうか。




全体的にはまだ枯れ木の風情です。これが来週以降には・・。おそろしや。




ソロプチミストわかばの皆様が建てて下さった「関雪桜の碑」桜に因んだ桜色の大理石で造られています。





花ほど人の心を和らげ、励ましてくれる物はないのかもしれません。
桜も小さな花の集まりが、一つの樹に集って満開の桜となります。


一人一人が花となり、大きく集まりまた花となる。
いつだってお互いを助けあう事の美しさを花は静かに教えてくれます。




ではまた。



  


Posted by ハシモトシンジ at 18:05Comments(1)【関雪桜・桜通信】

2011年03月21日

雨と舞妓



朝からテレビの撮影。J-COMというと、ケーブルテレビかな?

とりあえず撮影を一通り終えた後に、子供たちが遊んでもらっていました。
どうもありがとうございます。  


Posted by ハシモトシンジ at 15:12Comments(0)【勤務日誌】

2011年03月20日

京都府国登録文化財紹介冊子

国登録文化財というものがあります。

築後50年以上を経過したものが中心となり、国に文化財登録をするものなのですが認知度は低いです。
そもそもは阪神淡路の大震災以降に、文化財的な性格を強く持つ建造物などをリストアップする目的で始められたものだそうですが、正直な話「解っちゃあいない」というお役所仕事そのものですよね。


登録にするメリットは無いこともないけど、したからと言ってどうなんだろうかという微妙な制度なのです。

しかも誤解も多い。文化財紹介の中に「建物は国の登録文化財に指定されている。」とか書かれることが往々にして見受けられます。


登録と指定は全く別物なのですが、登録した本人達も解っていない場合が多い。
指定文化財は重要文化財に批准されますが、登録はそんなコトないのです。
ただでさえ指定でも補助金などは出にくい訳で、それが寺社や旧跡などではない個人の管轄になった場合はさらに困難を極めます。

その状況で、指定ではなく登録ということは・・言わずもがな。しかし所有者としては不満があるわけですよね。「なんで国の登録なのに補助が出ないんだ!」となるわけです。


この制度、多少の節税以外に一体誰が望むのでしょうか。



それはさておき、そんな国登録文化財の京都府所有者の会が今回紹介冊子をつくりました。
これは所有者の会が実は存在していまして、その会員の持つ文化財を知ってもらおうという事で作成されたものです。


そこでクイズ。一体どんな表紙なのでしょうか。


(1)


(2)


(3)


(4)



正解者には何も無いわけですが、自分ならどれを選ぶかをコメントして頂ければ大変参考になります。
ふるってご応募下さい。


  続きを読む


Posted by ハシモトシンジ at 15:01Comments(1)【勤務日誌】

2011年03月19日

まずは玄関前から

大規模改修に並行して、要点を決めた小改修を進めて行くことになりました。


まずは主家(オモヤ)瑞米山(ズイベイサン)の玄関前の改修から。


塗り始めはこんな感じ。



仕上がって乾きました。



うおぉ、綺麗だ・・。

恐らくはこの犬走、関雪の時代ではなくその次の節哉あたりで行ったものかと推察しています。
今後も当初の状態から途中で付加された物を炙り出して、キッチリと資料化していかないと後世の人が誤解してしまいますよね。



次は壁にとりかかります。

  


Posted by ハシモトシンジ at 20:17Comments(0)【勤務日誌】

2011年03月17日

桜の芽が膨らむ頃

そろそろかもしれないと、哲学の道を歩いてみるとやはり桜の蕾が膨らみ始めていました。


しだれ桜に至っては、すでに花弁の一部が紅く見えていたり。

通常開花の時期ではありますが、先の震災や急に逆戻りした季節に気を逸らされていました。



世がどうであれ、人がどうであれ花は変わらず咲くわけで。

元々これらの関雪桜達も、世の中が暗く成りがちな時代に関雪とヨネ夫人が、皆が桜を見て晴れやかになるようにと植えられたもの。



花など見ている場合ではない、と言われればそれまでの話。

しかし、皆さんが綺麗に咲いた桜を見て少し明るい気持ちになって貰えるように、3月22日 月曜日から「哲学の道 桜通信 2011」を始めたいと思います。




Twitterでも同時に配信致します。
@hakusasonso


皆さんが少しでも元気になりますように。
  

Posted by ハシモトシンジ at 16:54Comments(1)【橋本関雪】

2011年03月15日

一つになれたら

東北、関東に残された大きな爪痕を思う。

被災地の人々の音無き声が、悲しみと遣る瀬無さを歌い続ける。
人々が暮らしていた家族との、友人との、地域との平穏な日常に大きな陰が落とされてしまった。


仕分け事業によって削られた災害対策費があれば、それは回避できたのか? 今となってはもうそれも解らない。ただ、可能性は事前に消し去られていたという事実だけがのこるばかり。



考えれば考えるほど、悲しく暗く思い気持ちに圧し潰されそうになってしまう。

しかし、被災を免れた地域が元気を無くしてはいけない。
そんな時こそ、外部からの支援が必要なのだから。


諸外国や、企業からの支援の中で中国やリビアからの支援も含まれているという。
あの中国が。そして内政が大変なことになっているリビアが、日本のために何かをしようと動いている。

もちろん国内の企業、団体、個人までもが何とかしたいという気持ちを強く持ち、動きを模索している。



日本がこれほどまでに、大きくまとまった気持ちを持ったのは何時以来なのか。

日本を救おうという気持ちではない。


ただ、そこにいる人々を救いたいという人間同士の気持ちから、大きな支援の輪が信じられないスピードで広がっている。それが日本を、アジアを、そして地球を取り囲む輪になれば・・と祈る。


それでもまだ、対岸の火事という意見も多い。
自分のことばかり言う人も多い。


だけど、今回の様々な支援について被災者ではない人からもおそらく一様に溢れる感情があるはずだ。



「ありがたい」

これが日本の精神文化の根幹にある言葉だと思う。




今ある生命も、環境も、人間関係も全てに感謝する。
そんな当たり前の事を、今回の一連の中で思い出す人が多ければ・・せめて救われる気持ちにもなれると思う。


被災地への多くの支援の気持ちが、皆様に届きますように。






  


Posted by ハシモトシンジ at 12:51Comments(0)【勤務日誌】

2011年03月13日

ある世代の生涯

地震の事が頭から離れない。現地で起こっている無数の悲劇や、これからまだ起こるであろう様々は決して京都にも無関係ではないのです。

しかし、そんな事ばかり話していても仕方ないので、気分転換に戯言を書きましょう。




先日の事。MIHO MUSEUMに訪れた際に、とある人からいきなりこう聞かれたわけですよ。

「ところで眞次君は、何か文化財関係の勉強したの?」



・・・え? それを聞きますか。今さらながら。 しかしまぁ白沙村荘に出入りしている人でも、未だに僕が板前だと思っている人もいるので変な質問とも言えないのかも知れません。

でも、そういう質問はいかがなのかとフト考えるわけですよ。
「よく知ってるね〜」とかでイイじゃない。むしろ「もっと勉強しないとね」でも構いません。


そこで思い出したのは、10数年前の色々な人の話。


「そろそろニートも卒業して、外に出ればどう?」
「こんな墓守みたいな事してないで、もっとグローバルに羽ばたけよ」
「両親健在なんだから、居る必要ないじゃない?」

等々。まぁこの時父は既に寝たきりに近く、介護が必要な上に白沙村荘の経済状態もガタガタだった訳ですが。出てたら間違いなく個人所有の部分は吹っ飛んでいたわけなんですが。相続税というヤツで。



言ってる人達は、多分誰かから聞いた情報だけで親切に言ってるつもりなんですよね。
しかしそれが間違いの始まりの始まり。

人づてに聞いたことに真実はほとんど含まれていないということに、いつになったら気が付いてくれるのかと今日もトホホと嘆くわけです。



嘆いているのですが・・ 被災地のことを思うと、しょうもないことで悩んでる場合ではないと感じる訳で。未曽有の災害を対岸の火事と見る人が多くあるように、その人の置かれている状況なんてその人にしか解らないんですよね。

聞いてどうするって事も聞くし、言わなくてもいいことも言うし。でも、それが人間らしさってヤツで生きてる証なんだったら・・それでいいじゃないですか。



生きてさえいれば、それでいいじゃないですか。ねぇ?







  

Posted by ハシモトシンジ at 18:21Comments(0)

2011年03月11日

関東、東北地方の地震を憂う

今日の午後3時頃に、関東東北一帯に起きた地震は瞬く間に世界を駆け巡り、都心を襲った機能不全は多くの人々に影響し、経済活動にも大きな影を落とす事となりました。

本当は長沢蘆雪展に行っていたので、その内容を書こうかと考えていましたがそれどころではありません。


阪神淡路大震災の時もそうでしたが、実態は徐々に明らかになるもの。死傷者はますます増えるでしょう。
何かと心配です。特に湾岸部が酷いみたいです。今後の津波も心配です。




あの人は無事だろうかと考えても、連絡がつきにくいので便りを待つのみです。


京都とて、花折断層の存在がありますから地震には要警戒です。特に文化財関連は、もし大地震があった場合には壊滅に近くなるかもしれません。

教訓を得て、備えることが何より大事な事です。



今回の地震で罹災された方々に、お見舞いを申し上げるとともに不幸にも亡くなられた方々にお悔やみを申し上げます。  


Posted by ハシモトシンジ at 21:29Comments(0)【勤務日誌】

2011年03月10日

奈良、斑鳩へ。



今日は京都市内博物館連絡会・・略して京博連の他都市視察研修会にて、奈良へ行ってきました。目的地は学園前の大和文華館、そして斑鳩の文化財センター、藤ノ木古墳と法隆寺。参加者は、京都市内の美術博物館の関係者達約45名。


大和文華館は会館50周年を迎え、昨年にリニューアルオープンしたての状態。
記念展で「大和文華館の中国・朝鮮美術」を開催されていました。さすが収蔵のレベル高いです。展示室も結構好きです。今だと建てられない構造の展示室ですけどね。

現在進行形の「関西中国書画コレクション展」での、今年の11月に「中国美術コレクション展」が開催されるようです。


昼食を挟んで斑鳩へ。

こちらでは藤ノ木古墳から出土した資料を見学可能な「斑鳩文化財センター」と、藤ノ木古墳本体を見学しました。出土品は馬具がメインですが、造形のレベル高ぇ〜。飛鳥時代の物なんて信じられないくらいのクオリティです。

剣も柄や鞘の曲線が優美。ゴツめなんですけどね。なんとも言えないラインを描いています。1個くれないかしら。1個しか展示されてなかったけど。


藤ノ木古墳も、簡素ながら異常な存在感を持っていました。
大きく広がった空に、シンプルな丘のようなフォルムの墳墓。

悠久の時がその上を流れていくわけですよ。非常にロマンティックです。



で、最後に法隆寺に伺いました。これはまぁノーコメントで。今回の行程に共通していた感覚は、貴重な文化財を公開し活用する過程での一般層との意識の乖離。それが広隆寺ではモロに出ていた訳で。他所様の地所ですから無言でスルーしていましたが、携帯電話の普及によって撮っちゃいけない場所での撮影や、立派な眼が2個もついているのに見もしないでシャッターをきる人の多いこと。

いかに良い場所でも、そんな風に過ごす人間が多いと・・白けますよね。



それを裏付けるかのように、随所に注意書きの札が貼られていました。
撮影関係だけならまだしも、「落書きしないでください」と堂内にも塀にもたくさん札がありました。

奈良だけではなく、京都でもそういった被害は多く見られますが一体何考えてるんでしょうね。
何も考えずにキーホルダーで引っ掻いた壁の傷が、一体どのくらいの被害を受けることなのかと知ってもらいたいところです。


何百年、何千年と遺ってきた文化遺産が重大な損傷を受けた際に「あぁ、あの世代はダメだから」と後世に嘲笑われないように、キッチリ知識を得て正しく行動して欲しい・・・ですが無理でしょう。

ともあれ、奈良が置かれている状況が昨年からの一連の流れで「惨状」とならないことを祈ります。















  


Posted by ハシモトシンジ at 23:20Comments(0)【勤務日誌】

2011年03月07日

京都 舞妓大撮影会の詳細

先日告知しました3月27日(日)の舞妓大撮影会に関しまして。

撮影会の詳細はこちらまで。

主催はPhoto pertner west(関西写真材料商業組合)、Photo pertner Kyoto(京都写真材料商業組合)のWebはこちらから。


撮影監修、指導は溝縁ひろし先生。

モデルとなる舞妓さんは芸妓ふく光さん、舞妓ふく愛さん、舞妓里乃さん、舞妓君綾さん、舞妓とし夏菜さん。
さらに参加者が増えたため、舞妓ふく帆さんと芸妓富美苑さんが追加参加の様子。

とし夏菜さんは先日に「宮川町のマナカナ」と評判になってた方ですね。



なにやら申し込み数が多いみたいで・・ でもその日はもう見ないようにするわけで・・
世にも珍しい、苔を踏んでも怒らない努力をする私が現れる日。それが3月27日。

まぁ最初から踏む人多数が前提ですからね。カメラ持ちはファインダーの向こうしか見ませんから。
いろんな生物の習性は把握しているつもりです。



そんな事で、当日は庭園内をカメラを構えた大勢の方が舞妓さんを見つけてはパシャパシャやる状況となりまして、一般の方が非常に困ることが予想されていました。

なので当日は閉めときます。厳密に言うと空いてますけど入れません。本当にスミマセンと最初に謝っておきます。



Photo pertner Kyotoの舞妓大撮影会ページにある、痛い系のカウンタに免じて御容赦下されば幸いです。

  


Posted by ハシモトシンジ at 11:11Comments(0)【白沙村荘】

2011年03月03日

雪と紅梅




少し雪をかぶった紅梅の花。
陽が射すたびにキラキラときれいな白い帽子。

とってもよく似あっています。  


Posted by ハシモトシンジ at 21:13Comments(0)【白沙村荘】

2011年03月03日

3月27日(日)の一般公開につきまして

3月27日の日曜日は「京都舞妓大撮影会」開催につきまして、誠に勝手な事ながら一般公開を停止とさせて頂きます。

大人数での撮影が行われるに際しまして、一般の御客様に不愉快な思いをして頂くよりはとの判断によるもので、御来館を予定されておられます場合には何卒日程変更などを御考慮下さいますようお願いを申しあげます。



白沙村荘 橋本関雪記念館
副館長 橋本眞次拝  続きを読む


Posted by ハシモトシンジ at 19:47Comments(0)【白沙村荘】

2011年03月03日

池松時和という人物

池松時和という名前をご存知でしょうか。
1922から1924年に、京都府の知事をしていた人物です。

大体の内容はこんな感じ。

鹿児島県出身。池松静蔵の長男として生まれる。第七高等学校を経て、1898年、東京帝国大学法科大学法律学科を卒業。同年12月、文官高等試験行政科試験に合格。内務省に入り警視庁警部となる。

以後、佐賀県参事官、群馬県警部長、岩手県警部長、栃木県第四部長、愛知県・福井県の各内務部長などを歴任。

1912年3月、福井知事に就任。以後、千葉県・滋賀県・和歌山県・大阪府の知事を歴任。1922年10月、京都府知事となる。郡部の道路整備、養蚕業の振興を推進した。1924年12月に辞任し退官。1933年に都ホテル株式会社取締役会長に就任した。
(wikipedia 池松時和より http://ja.m.wikipedia.org/wiki/池松時和)




現在13都道府県で知事選挙が控えているようですが、偶々見たなんかニュースをわかり易く説明する先生の番組でちょうど官選知事の話をしていたので調べると・・ありました。

以前は無かった項目なので、どなたかが作って下さったのでしょう。ありがとうございます。
内容の胡散臭い橋本関雪の項目とは段違いの内容です。



さて、この池松時和が何であるかと言うと関雪の子息 節哉の妻、田鶴子の父がこの池松時和なのですよね。
知事であった事は知っていましたが、警視庁に在籍していた事や都ホテルの会長まで務めていたとは・・恐れ入りました。



ただでさえ関雪という御偉いさんが祖先にいるのに、さらに増えては我が身の頼り無さがなんだか浮き彫りになりますね。
せめて泥を塗らない程度には頑張ります。  


Posted by ハシモトシンジ at 14:51Comments(0)【橋本関雪】