京つう

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Posted by 京つう運営事務局 at

2009年06月30日

走井・月心寺

テレビ局からの「走井」についての問い合わせがあり、何やら名泉についてのドキュメンタリを制作するらしく資料が欲しいとのこと。


依頼の内容は「関雪が描いた走井の絵はないか?」でしたが、それは無いので少し話をして関雪自身の写真を提供することになりました。



事前に月心寺にも取材をしたらしいのですが、その際には関雪の話は出なかったらしく関雪の菩提寺であることも初耳のようでした。

困ったことに以前から月心寺では関雪の話をあまりしないので、別件で取材の折に判明したりすることがよくあります。




改めて説明すると、月心寺は元は走井居という関雪の別邸です。造営時期は白沙村荘とほぼ同時期。

大津追分の走井餅茶屋がその前身であり、白沙村荘を造営していた折に売却されていたのを見つけた関雪が、あまりの地所が広大であったために分割売却されかかっていたのを知りまとめて買い上げたものです。



世阿弥作と伝えられる石庭と、走井から掘り出された薬師如来が奉られた薬師堂、小野小町終焉の地の一つと伝えられる小町百歳堂と運慶作と伝えられる「小町百歳像」があります。


本尊は同じく運慶作と伝えられる「太子立像」。本堂は上の方にあり、よく知られている場所は厳密にいうと単なる座敷です。

明治天皇の御休憩所も座敷の近くにありますが、これは走井餅茶屋時代の名残ですね。

そして外周の石垣は、膳所城の石垣を移築したものだと言います。




中々盛り沢山な内容ですがそれらの文化財のことも、寺の開基が関雪であることも橋本家の菩提寺であることもあまり知られていません。


困ったことではありますが、一時代前の傾向は押しなべてそんな具合なので今から直せと言っても無理でしょうね。


しばらくは温かく見守ることにします。
  

Posted by ハシモトシンジ at 10:52Comments(0)【橋本関雪】

2009年06月29日

レイニーブルー

雨は嫌いな方ではありませんが、今日はなんだか憂鬱な雨。嫌なものを運ぶ雨のような気がします。


体調が優れないせいもあり、仕事が全くはかどらないです。



二、三件の仕事を並行しながらやるのが常ですが、その分集中が途切れた時の反動が大きくて困りますね。

二十代の時はチャットしながら電話聞いて、さらにエクセルとフォトショを開いてスキャナーオンみたいな状況も朝飯前でしたがさすがに三十も半ばに入ると無理ですね。

一個づつしかできません。




今日は近々に控えた〆切りの支度をしていたわけですが、いつも受付に座りながらサラサラと文章を書いている姿を見慣れているせいか、皆さんあまり気をつかってくれません。


書きはじめたらそりゃ早いのは確かですが、せめて骨子を決めるあたりまではそっとしておいてくれまいかと思うわけです。





と、軽く愚痴を叩いても何も進まないので集中、集中。


"書ける"、"書けない"ではなく"書かねばならない"ですからね。
  

Posted by ハシモトシンジ at 17:47Comments(0)【勤務日誌】

2009年06月29日

営業のお知らせ

明日は17時までの営業とさせて頂きます。
また明後日はお休みを頂きます。



レストラン NOANOA  

Posted by ハシモトシンジ at 02:22Comments(0)

2009年06月28日

説明して回る

たまに庭園の説明を依頼される場合があります。

他にある同様の場所ではボランティアガイドの方や、学芸の方が大体は説明に出ることが多いらしく身内がホイホイと出てくることは稀なようです。



説明の内容としては庭園の解説に絡めながら、関雪の半生を語る方式で行います。

別々に話すと長くなるので、時間制限のある場合はさらに縮めますが約一時間はかかります。




始めの頃は説明に四苦八苦しましたが、最近は段々と様になってきたようです。

関雪のように知名度はそれなりにあって、あまり実態が知られていない画家などは上手く説明をしないと興味を持って貰えません。


そのツカミとして、身内がヒョッコリ現れるというのは現状最適なのかもしれませんね。

とりあえず「何を話すのか」という興味は持って貰えるはずなので。





たまにスタッフを教育して、代わりに説明させろと言われます。

確かにそれも必要なことなのですが、自分自身で話さないと理解して貰うこと、そして共感して貰うことが難しくなりますからあまり安易に教え込むわけにはいきません。


こちらの意図と想いを汲み取りながら、心の入った説明ができる人を探し出せたらその時はお願いしようかと思います。

  

Posted by ハシモトシンジ at 19:01Comments(0)【橋本関雪】

2009年06月28日

Vのアジサイ




お隣りのなかひがしさんの店先には、いつも素敵な花が生けられています。


毎日ご主人が山から採って来られるのか、生き生きとした花がさりげなく飾られ来店者を迎えます。



外に生けられているので、私達も通りすがりに目の保養をさせて貰っています。





今日も通りがけにちらりと拝見しました。


お、アジサイですね。やはり今の時期はヤマアジサイが一番ですね。でもなんだかたくさん生けてありますね。

もう少し減らしたほうがスッキリと・・



などと勝手な批評をしながら近づくと、花の多さの理由が解りました。


アジサイがVの字になっているんですね。




なかひがしさんにしては意表をついた生け方なので驚きました。今度白沙村荘でも試しに生けてみようかと思います。


  

Posted by ハシモトシンジ at 13:06Comments(0)

2009年06月27日

母の誕生日




今日は母の誕生日でした。

年齢を言うとかなり嫌がりますから言いませんが。



通例では皆で集まり食事をしながら祝うはずなのですが、今年は何やらモゴモゴとはぐらかされていました。


その理由がようやく判明したのは今日。


どうやらフランスでお世話になった方を招待していたみたいです。




仕方ないので今日は来客をもてなすことで、誕生日を祝うことにしました。

時にはこういった誕生会もアリですね。




そして最後にメモリアルフォトを撮りました。

来客が一緒の写真はお見せできませんが、母と娘が一緒に写った写真をどうぞ。




息子がアレコレと世話を焼くよりも、孫の笑顔を見る方が良いプレゼントになるみたいですね。
  

Posted by ハシモトシンジ at 23:11Comments(0)

2009年06月27日

黒蜜だんご@嵯峨野 竹路庵

奥方の御祖父様の法要で、朝から坂本に参っています。


ちょうど比叡山坂本からほど近い寺院でお参りをしてから、旅亭紅葉で会食をするのが通例らしいです。

我が家では基本法要が少ないので、この辺りは見習わないといけませんね。




そして会食中になにやら回ってきたものがあり、曰く「そちらのご近所だと思う」とのこと。


回された袋を見ると”嵯峨野天龍寺”と書いてありました。

えぇ、確かに近所です。母方の実家のですけど。



大体解るので天龍寺の門前だと答えると、お次はだんごが回ってきました。

形は小龍包みたいで、中に黒い餡が見えます。この黒さは黒蜜だなと言いながら口に入れますと、なかなかイケます。



北大路の黒蜜だんごはよく知っていますが、これは手も汚しにくいですし良いですね。

生憎回ってきたのがたったの一つでしたから、近々に買いに行きたいと思います。
  

Posted by ハシモトシンジ at 16:19Comments(0)

2009年06月25日

温室野菜の気持ち

野菜には栄養があると、いつ誰が気づいたのか。


そもそも栄養という概念自体が近代のものだとは思うのだけど、遥か昔からそれとなく気づいていたのだろう。


人間の身体はよく出来ていて、身体に足りない栄養を含むものを口に入れると「美味しい」と感じるようになっている。

当然ながら例外もあるのだけど、大体においては足りないものを無意識的に補おうとする。




ある程度年齢が経つと野菜が美味しくなり始めるのも、加齢によるビタミン欠乏などによる作用があるのだろう。


その野菜が持つ栄養素は、土から得て蓄えたり眩しい太陽の光にさらされたりして出来上がる。




いわばその野菜が持つ生命そのものであるわけだ。

そしてその生命は、環境が過酷であればあるほど強いものとなる。



こと生命力において、植物以上に強靭なものはあまりいないだろう。

もの言えず、不動であるが故に逞しく生き抜こうとする。周囲の環境を利用し、自分の在り方すら自在に変えてしまうしたたかさも併せ持つ。





そんな野菜も、温室で育つと味気ない植物と成り果てる。水耕栽培も残念ながら同様に味気ない。



なんとも皮肉なことに野菜が成育するのに必要なものが満ち足りることで、逆に中に蓄えるべき栄養が満ち足りなくなってしまう。





このことは人間においても同じで、環境・状況が満ち足りてしまうことで中身がスカスカになることが多々あるように思う。


人間にも逆境が必要だ。その中で諦めずに耐え抜き、生きてこそ生命が輝くのではないだろうか。




ここしばらくの様々を省みながら、そんなことを考えた。


やはり逆境にこその面白さがある。しかし困難に立ち会うと楽しくなるのは、果して良いのか悪いのか。
  

Posted by ハシモトシンジ at 23:35Comments(0)

2009年06月25日

土の向くまま展@懶雲洞







本日から加藤陶芸教室の生徒さんによる陶芸展、「土の向くまま展」が白沙村荘内の懶雲洞で開催されています。






前回までは洋館(ノアノア)の二階で行なっていたものですが、今年から懶雲洞が使用出来るようになったので会場を移しての開催です。






様々な個性を持つ生徒の方が思い思いに作り出した作品は、あたたかみのある優しいフォルムをしています。狛犬(シーサー?)から陶板、花入れから器類まで。

バリエーションに富んだ展示となっています。












第20回「土の向くまま展」は6月28日まで開催。
入場は無料。御来場の御客様は、ノアノアのあたりから案内表示が出ていますのでそれを御参考に会場までお進み下さい。

懶雲洞は関雪の画室であった場所であり、通常時は非公開となっていますので、室内を御覧頂くのにも良い機会です。またしばらくは展示会の予定もありませんから、この機会に一度御覧下さい。

御問い合わせ先 → 075(751)0446 白沙村荘事務局まで
  


Posted by ハシモトシンジ at 15:32Comments(0)【催事情報】

2009年06月23日

ノアノア前にて




母が花好きなので、ノアノアの前にはいつも花が絶えません。

庭にもスキを見ては植えているようですが、あまりたくさん植えると目立つのでメインはノアノアに植えます。



たくさんありすぎてどれが何の花なのか、さっぱり解りません。咲くたびにいちいち教えて貰い、ようやく覚えますがしばらくするとまた増えてます。



そんな花畑みたいな前庭で、母を待ちながら佇んでいました。

先日の御礼を申し上げに相国寺へ伺うので車を出して待っていました。




ふと花壇に目をやると、鮮やかな黄色の花が咲いていました。菊のように見えますが名前は解りませんが、綺麗な色なので見ていたら・・


これまたかわいい蝶々がふわりととまりました。キシジミかな?


中々良い取り合わせなのでパチリと写真を一枚。しばらくするとまたどこかに飛び去って行きました。

思いがけずに一瞬の美を楽しむことが出来たので、非常に気分が良いです。
  

Posted by ハシモトシンジ at 15:04Comments(0)【白沙村荘】

2009年06月22日

ジャコウツツジの花



梅雨に入りジットリとした空気が続く今の時期、気候は決して良いとは言えませんが花は良いのがたくさん咲きます。


今はちょうどアジサイやテッセンが美しく咲き、もうじきハスも咲きます。


「花は白に限る」が持論の私としては、いずれの花も大好きな花です。




特に今頃に咲くジャコウツツジは、色も形も香りもよいので見つけてはつい匂いを嗅いでしまいます。

形は美しい雪輪に似た形で、咲いてからしばらくすると黄色くなります。



実にかわいい花ですが意外に知られていません。




もし見つけたら、そっと嗅いでみて下さい。その甘く柔らかな香りの虜になれますよ。
  

Posted by ハシモトシンジ at 15:16Comments(0)【白沙村荘】

2009年06月21日

花と笙の小宇宙




昨日に白沙村荘で催されたイベントは、実は慈照寺(銀閣寺)の華務・無雙真古流の珠寳さんと、美学者の大橋良介先生の共著「花信のこころ(昭和堂)」の出版記念パーティーでした。


当初はおそらく白沙村荘でやる予定ではなかったパーティーだと思いますが、先日の茶室罹災を受けて関係各位のご厚意により、茶室復興支援パーティーとしてこちらで開催されました。




見所は白沙村荘持仏堂前にて行われた献花式。

珠寳さんの花と、宮田まゆみさんの笙のコラボレーションが行われ初めての皆さんは興味津々にご覧になっていました。



宮田まゆみさんの笙は「未来から聞こえる音楽」と呼ばれているらしく、当日は風が揺らす葉音が騒ぐような状況の中でありながら、まるで頭上から聞こえるかのように鮮明に耳に届きました。


珠寳さんの花材を仕立てるトントンという刀音、宮田まゆみさんの笙、逆巻く風と葉音が一つの舞台となり、とても素晴らしい時間を与えてくれました。




無雙真古流は最近とみに注目の高い流派なのですが、まだご存知でない方もたくさんいらっしゃいます。

「花信のこころ」は一般書店でも扱っているはずなので、是非ご覧下さい。


その際には宮田まゆみさんのCDも忘れずに。併せて聞くと素晴らしいですよ。
  

Posted by ハシモトシンジ at 22:41Comments(0)【催事情報】

2009年06月20日

アマテラス




「白沙村荘を励ます会」当日。

夕方からの開会に向けて準備が進む中、皆の気掛かりはただ一つでした。



「天気はもつのか?」



ただその一点だけが気掛かり。

参加者の大半が晴れ男、晴れ女として知られている凄い人だらけとはいえ、大自然の力にはやはり抗いきれないのではないだろうか。


大自然を克服したと思うのは単なる人間の思い上がりであり、実は釈迦の掌から抜け出せない孫悟空なのではないか・・。

等々、今日のイベントとはまるで関係ないことを考えていると・・





降らないし。一応雨雲レーダーとかを見ながらハラハラしていましたが、バラリと少し降りただけで雨はほとんど無し。

改めてこの人達の物凄さを肌で感じました。





雨雲を押しのけるパワーなんてあるのだろうか。何度かこういった状況を見ていると、あるのだなと感じます。


ともあれ、人の願いがミラクルに働いたこの会から茶室の復興が始まります。



元気を貰いましたから、頑張るしかないでしょう。
  

Posted by ハシモトシンジ at 23:56Comments(0)【白沙村荘】

2009年06月20日

つらつらと花生けてみた






夕方からの会に向けて、入り口あたりの清掃をしています。


他にもたくさん手伝いは来ていますが、全て会場付近にいるので入り口は手薄です。



さっさかと掃きながら繁りすぎた葉や花を切り、ついでに生けました。

ススキとビヨウヤナギ、青と白のアジサイ。




うん、綺麗に生けられた






・・・と、次の瞬間気づく。

今日、無雙真古流の方が来られてるよね。確か未生流の方も・・。




どうしようかと逡巡している間に、関係者に見られてしまいました。

こうなれば開き直るしかありませんな。



  
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Posted by ハシモトシンジ at 13:18Comments(0)【白沙村荘】

2009年06月19日

関雪展@富山



本日から富山県水墨美術館での橋本関雪展がスタートします。


開会式、テープカットを経て展示会場へ。テープカットは皆様と共に橋本妙が行いました。


そして会場での列品解説を、橋本眞次が致しました。20分間の簡単な解説ですが、京都展でのギャラリートークが30分なので、良い練習となりました。




しかしこの富山県水墨美術館は、かなり良い美術館ですね。全ての空間が「ちょうど良い」と感じられ、過不足なく使えるようになっています。


設計者はどなたか解りませんが、大した方だと思います。





あまりに良い場所なのでもっとゆっくりしたかったのですが、明日のこともあり昼過ぎには富山を去りました。


また後期の展示もありますから、時間を見て訪れたいと思います。



薬の資料館や、立派な茅葺きの民家も多数ありましたが見損ねてしまいましたからね。

篁牛人という富山の画家さんの記念美術館もかなり面白かったので、もう一度見たいです。



お世話になりました富山の皆様、本当にありがとうございます。

迷惑を省みず、今一度お邪魔致す所存でございます。
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Posted by ハシモトシンジ at 20:45Comments(0)【催事情報】

2009年06月18日

富山到着 〜夕暮れ





ようやく富山に着き、ホテルにチェックイン。


一休みしたいなと靴を脱いだ瞬間にインターホンが鳴り、お迎えが来てしまいました。

何やらどこかに連れていかれるみたいです。



ところで高岡市で関雪展と時期を同じくして、文化勲章受賞画家展を開催するみたいです。


関雪は文化勲章を頂いていないので、出品はありませんが何やらタイミング良すぎないかい?




没後の贈呈は前例もあることですから、是非今からでも頂きたいものですね。


その為にも関雪の再評価を急がないといけません。




一丁頑張りましょうか。
  

Posted by ハシモトシンジ at 19:11Comments(0)【催事情報】

2009年06月18日

富山関雪展へ




月心寺での村上獨潭老師の三十三回忌を終え、富山へ向かうべく京都駅へ。


月心寺は関雪の別邸、走井居が菩提寺となったもの。現住職がビタイチ関雪の話をしないので、あまり関雪との関わりは知られていませんが。

村上老師は嵯峨天龍寺・慈済院に居られた方で、関雪から指名され初代住職を務めました。



この村上老師に私と兄は名付けて頂いています。ありがたいことですが、欲を言えばもう少し捻った名前が良いなと昔は思っていました。

村上老師、すみませんでした。




ともあれ、法要を終えサンダーバードで富山へ。乗った瞬間に携帯の着信音をアレに変えます。

これなら鳴っても許して貰えるのみならず、笑いも取れて一石二鳥です。



富山まで三時間。寝ておくべきですが、今寝ると夜に眠れない・・。


仕方ないのでデータファイルに名前付けながら到着を待ちましょうか。

未整理データが2000件超えちゃいましたからいいチャンスということで。









<アレの正解はこちら>

スリー トゥー ワン

サンダーバーズ、ア ゴー♪
  

Posted by ハシモトシンジ at 15:13Comments(0)【催事情報】

2009年06月17日

まるで禅問答

富山行きを明日に控えた水曜日。


明日、明後日と二日間不在の上に明々後日には銀閣寺と美学会が絡むイベント「白沙村荘を励ます会」がありますから自然と慌ただしくなります。


しかも今晩はオランダ大使が来館予定。



忙しい時は全てが重なり易いのはいつものこととは言え、頭の中は富山でのスピーチの件でいっぱいです。

わざわざ京都から行って、恥を曝すわけにはいきませんからね。




そんな中、左京消防署から一本の電話が。


よりによって今のタイミングかと思いつつ対応。用件は先日の罹災・・ではなく、新規の自動火災報知設備の設置に関する件。

この件に関しては文化庁からも指導が来ているので、事業として予定はしていますがまだ協議が出来ていないので実施日時が曖昧なままです。


なので「実施日時が決まり次第提出させて貰えないか」とお願いをすると「とりあえず現状を書いて出して下さい」との返答が。




え・・? 一応これって公文書扱いですよね?

何もかも未定のままの計画書なんて提出しても良いの?



それはマズかろうと再三提出延期を申し入れるもアウト。京都市や京都府、そして文化庁と足並みを揃えてくれればなんら問題ではない話なのですが仕方なし。


生まれて始めて、全て「未定」の計画書を書きました。本当にこれで良いのでしょうか・・。

逆になんだか落ち着かない話です。
  

Posted by ハシモトシンジ at 20:17Comments(0)【白沙村荘】

2009年06月16日

島根のメイン作品は「唐犬図」

島根県立美術館のフライヤーが届きました。


届きました・・・と言っても、県立美術館からではなく島根在住の方からのお届け。
肝心の県美からは未だに届いていません。軽くハブられてしまっている気がするのはなぜなのでしょうか。



さて、先日気づいたのですが「唐犬図」という、美しいボルゾイが描かれている人気の高い作品があります。(下写真)






この作品は大阪市立美術館の所蔵で、先日の「日展100年展」にもトップバッターとして展示されていました。非常に品格があり、実際に関雪が飼っていたボルゾイの一匹がモデルとなっています。

この作品、実は島根県立美術館のみの出品なんですよね。他の会場には出ないのです。





知った瞬間「えええええぇぇぇぇぇぇぇぇ」と思いましたが、今回の橋本関雪展は会場ごとのラインナップが恐ろしく変わる構成なのでまぁ仕方ないかと。

この構成についてこちらにお叱りを受ける事がありますが、実はその辺りは関わっていません。ここでもまたハブられていた訳でして。




そんな事情からか、島根県美のメイン作品は「唐犬図」のようです。
姫路市美「霜猿」→富山水墨「霜猿」と来たので、図録の表紙もそうであることからてっきり今回の巡回は「霜猿」がメイン作品だと思い込んでいました。

この方が見ている方としては楽しいので、以前も言いましたが京都も一丁遊んで下さい。
ただし「失意」は無しの方向で。良い作品ですがいかんせん暗いイメージが強いですから。



とりあえず島根行きが今から楽しみです。
  


Posted by ハシモトシンジ at 17:26Comments(0)【橋本関雪】

2009年06月14日

受付に座りながら

受付に座り、外を眺める。

昔はどんな景色であったのだろうかと、ぼんやりと思いながら作業をする。



手元にはやらなければいけない幾つかの作業があり、その内容を考えながら座っている。

本来は何処かに篭り、静かな環境でしなければいけないのだろうけども、中々そうもいかない。



思いがけず、知り合いが来る。

「何で受付にいるのですか?」と聞かれた。



ナンセンス。他に受付に置ける人がいないからに決まっている。

この場合正しいのは「いやいや、ご苦労様ですね」あたりだろう。せっかく来てくれたのだからと、茶を進めて受付に帰る。


すると間髪入れずに、学生の集団が入って来た。




若い人が白沙村荘を訪れると、何やら嬉しくなる。以前は二十代の人などは皆無であり、芸大などに招待券を配りに行ったこともある。


知られていないというのは、存在していないも同然であり今後を考えると若年層に覚えて貰うことが大事なのだ。

若年層が訪れる口火を切ったのは、確かホームページ開設あたりからだったと思う。



最初にドメインを取得して、開設したのは1995年だったか。白沙村荘より古かったのは確か京都国立博物館だけであった。

国内規模でも最古参に属するくらいに早く開設した。



ドメインをkansetsu.or.jpにしたのだけど、今となればhakusasonso.or.jpにしておけばよかったと思う。


ともあれ、開設した直後からメールや直に「見ました」のリアクションがかなり増えた。




嬉しい反面、半ばでアップしていたものだから気まずくもあった。

更には第一版のデザインが現代美術風だったので、白沙村荘に来てみてびっくりしている人がいた。



慌ててそれっぽい感じのイメージに直したが、気に入らずに幾つかの案を出してはボツにするを繰り返し、気がつけば更新無しで数年が経っていた。


今あるホームページは第八版となる。かなり悩んだ末に出来た物だから、出来れば長く使いたい。




こうやって受付に座っていると、昔のことをよく思い出す。

なので仕事がさっぱりはかどらない。困ったものだ。
  

Posted by ハシモトシンジ at 16:09Comments(0)【白沙村荘】